ファウストと東方聖教会
俺は、破裂したヤマタノオロチの本体から、這い出そうとする黒いスライムを見つけた。
濃く、不気味なその塊は、斬撃とともに四散し、小さな破片となって砂に散らばる。
だが――ただひとつ。中心にあった“核”のようなものだけが、鼓動のように、かすかに脈打っていた。
静かに、剣を拾い上げる。
風が止まり、時が凍ったように感じた。
狙いを定め、その命の残滓ごと、貫く。
──これで、本当に終わった。
「この“ファウスト”と名乗ったやつも……やはり、ダークウェルの手の者か。本人じゃなさそうだが……」
口にしても、答えはない。
正体は霧のように曖昧なまま、闇へと還っていった。
「おい、町に帰ろう。腹が減った」
ノクスの声が背後から届く。
その軽さが、現実へと俺を引き戻した。
剣を収め、俺はその方向へと歩き出す。
賢い砂漠鳥は、戦いの終わりを察し、風とともに戻ってきていた。
彼女とともにその背にまたがり、バルバッドの町へと風を切って駆けた。
砂漠の塔から、マルクが単身で駆けつけてきた。砂漠鳥に乗った彼と合流する。
「援護、助かったよ。あれで本体を引きずり出せた」
「俺は見てただけさ。アル女王の力だ」
「ずいぶん仲がいいな。彼女、大丈夫なのか?」
「ああ、元気だ。召使いだった母のことも話してくれたよ。……警備は部下に任せてきた。それより、ニコライのことが気がかりでな」
マルクの眉がわずかに寄る。
その目には、焦りと、隠しきれない不安の色がにじんでいた。
俺はノクスを抱き直し、鳥を走らせた。
バルバッドの町は、一部が崩れはしたものの、命を奪う惨禍は免れていた。
町外れにある東方聖教会は、嘘のように静まり返っている。
砂嵐のあとに広がる、あの澄んだ静けさに似ていた。
「突入するぞ」
俺が鍵のかかった扉を叩くと、ナッシュが顔を覗かせる。
「お早いお帰りですね。こちらも片付きましたよ」
少年は胸を張り、俺たちを中へ案内した。
教会の奥には、拘束されたハーンや州兵長、巨人奴隷たちの姿が並んでいた。
別室に隠れていたナナが、ルクスの姿に戻ったノクスに嬉しそうに飛びつく。
「手際がいいな。合格だ」
「わーい、褒められたぁ!」
「こんなことして、タダで済むと思うなよ!」
ハーンが怒声を上げるが、その目には、もはや力が残っていない。
「お前には、聞きたいことが山ほどある」
俺が言い放った、そのとき。
奥の扉が静かに開き、ニコライが現れた。
その顔には疲れがにじんでいた。だが、それ以上に――怒りの光が、静かに燃えていた。
彼は、黙って頷く。
静かに、取り調べが始まった。
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