オロチの本体
俺は、オロチの首を掴んだ。だが、殺しはしない。殺したところで、どうせ脆弱な首が山ほど再生するだけだ。
まるで重い荷を引くロープのように、その首をゆっくりと引っ張る。
スライムが首の内部を移動していくのがわかる。緑の光が、オロチの本体へと流れ込んでいくのだ。
「なかなかの重さだな」
悔しげに、オロチの目がじろりと俺を睨む。
どれほど後退しただろう。やがて、とてつもなく長い首の先、砂の中から、ようやくオロチの本体が姿を現した。
それは、鱗に覆われた巨大な円球――ぬめりを帯びた、生きている玉のようだった。
俺はその本体を仕留めようと、砂を蹴って駆け出した。
手を離した瞬間、自由を得たオロチが背後から襲いかかってくる。
俺に迫る首。
俺は剣を振るい、それを遠くへ弾き飛ばした。できるだけ、傷つけぬように。
ノクスが本体に向かって魔法を放つ。だが、球体は魔法を無効化する防御障壁を展開していた。
ダークウェルのときと違い、魔力の膜は均質で、弱点が見当たらない。
本体は重たげに身をよじり、最後の一つ残った首の根元を、わざとノクスの魔法に晒す。
「くそ、自殺か!」
魔力の矢が命中すると、最後の首が腐り落ち、その直後――
全身の皮膚が裂け、無数のオロチの首が蠢き出る。大蛇の森のように地を埋め尽くし、天を睨んだ。
さらに球体の腹部が開き、触手が現れる。
首の数は以前の倍以上、数十にもなる。下手に近づけば、また磔にされかねない。
触手は砂をかき、球体を再び砂中に潜らせようとしている。
「何度も、同じ手に乗るかよ……。ノクス、俺の剣に最大出力の魔法を載せろ!」
「はぁ!? 下手すれば死ぬぞ、貴様!」
「任せておけ!」
俺にだって、モルガンとレジーナのような連携くらいはできるはずだ。
オロチたちは、俺が飛び込んでくるのを狙って動きを止めている。
「ありがたいな……」
俺の攻撃で、敵の物理防御すら砕ける。
ノクスが魔力を全開放したのがわかる。空の色が鈍く変わり、禍々しい雷の魔法陣が空に広がった。
同時に、砂嵐がわずかに舞い始める。きっと、砂漠の魔女の支援だ。砂の霧が、わずかずつ深く濃くなっていく。
俺は剣を天に突き上げた。
「来い!」
奴らのような精密な連携はできなくとも、俺たちにはぶつける力がある。
轟音とともに、雷光がノクスの魔法として剣に落ちる。
雷の奔流が刀身を這い、剣が軋む。
それを受け止めると、俺は球体へと走り出した。
オロチの首たちが一斉に襲いかかってくる。全方向から、容赦なく。
「馬鹿が」
俺は剣を振りかぶり――そして、投げつけた。
雷を帯びた剣は、ありえない速度で大気を裂き、オロチの本体めがけて一直線に飛んでいく。
それを阻もうと、いくつもの首が進路に割って入る。だが――遅い。
雷剣は、首を何本も貫き、火花を散らして物理障壁を突き破ると、一直線に球体へと叩き込まれた。
直撃。
「ぎゃあああああああああああああっ!!」
剣の突き刺さった本体は、破裂し、全ての首が同時に、絶叫のような悲鳴をあげた。
鎌首をもたげていたそれらは、次々と地に崩れ落ちる。
砂煙が舞い上がり、世界が一瞬、沈黙する。
やがて。
オロチの首は――もう二度と再生することはなかった。
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