表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/179

いつもの、脱出

「目が覚めたか」

 俺は、横たわる東方聖教会の助祭に声をかけた。

 彼はしばらく虚空を見つめ、それから俺の顔に焦点を合わせる。

「……私は、生きているのですね……」

「ああ、運が良かったな。で、誰にやられた?」


「“ファウスト”と名乗る男です」

「容姿は?」

「漆黒の厚手のマントに身を包み、顔も声も……まるで影の中に溶けているようでした。目だけが、赤い残光のように──」

 俺は記憶を探る。だが、そんな男には心当たりがない。


 ──だが今は、それよりも“悪魔憑き”とされた子供たちだ。

 虚ろな瞳。意味を成さぬ言葉。折れた足を抱えて座り込む小さな体──そこに“意志”はない。

 悪魔が、よりによって貧民街の子に宿るか?

 ──否。

 奴らは“より強く、より権力を持つ器”を選ぶ。目的があるからだ。

 俺は剣を抜いた。静かに魔力を流し込む。刀身がわずかに光を帯びる。


 刃が空気を裂く。肩、脇腹、背──

 刃が舞うたび、子供たちの身体がばさりと音を立てて崩れ落ちる。

 静かに、浅く、呼吸は続いている。

「ああ……なんて……」

 助祭が膝をつく。震える手でクロスを握り締め、その目に信仰と現実の亀裂が走る。


「落ち着け。殺してなどいない。一瞬だけ強い刺激を与え、自我を解放しただけだ」

 高出力の光魔法。ただし峰打ち──意識だけを刈る。

「……そうでしたか……命まで助けていただいたのに、疑って……申し訳……」

 声が震え、涙が一滴、石の床に落ちた。

「いい。だが、ニコライが危険だ。急ぐぞ」


「ニコライ様が……」

 俺は倒れた子供たちに膝をつき、手をかざす。

 魔力が指先から流れ込み、折れた骨をつなぎ、裂けた皮膚を撫でるように閉じていく。

 一人、また一人。子供たちが震えながらも立ち上がる。


「……ありがとう……」

 小さな声だった。恐る恐る、だがはっきりと、自己を取り戻す。

 牢の扉に目をやる。錆びついた鉄格子。

 ──問題ない。


「脱出する。全員、俺について来い」

「で、でも……鍵が……!」

「壊せばいい」

 再び魔力を刃に乗せる。一閃。

 鉄が裂け、火花を散らし、扉は落ちた。

 音に驚いた子供たちの声が、静寂を破る。

 廊下の奥に、石でできた重厚な扉。静寂の中に、圧し掛かるような重み。


「下がってろ」

 剣を振る。風が唸り、石が裂け、破片が通路を転がる。

 扉の向こうに、看守がいた。蒼白な顔。

 武器すら抜けずに一歩退いた。


「な、なんだぁ……!」

 一歩踏み込み、剣の柄で顎を打つ。

 重い音がして、男は言葉を残さず崩れ落ちた。

「ついて来い。絶対にはぐれるな!」

 石の階段を駆け上がる。壁に灯された魔光灯が、影を波のように揺らしていた。


 屋敷の中を突っ切る。敵影が現れるたび、反射的に叩き伏せた。

 ──あと少し。

 最後の扉に体当たりを喰らわせる。乾いた木が軋み、夜の冷気が肌に突き刺さる。


 満天の星空が、閉ざされていた世界を切り裂く。

 ひやりとした風が、喉の奥まで澄みきっていた。

 背後から、子供たちが次々と外へ踏み出す。その顔には、まだ怯えが残っていた。

 だがその目だけは、確かに、今を生きていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ