またもや牢屋に
俺は半地下の階段を降りる。もちろん、ハーンを先に行かせて。
「ちっ」ハーンが舌打ちをしながら、渋々と歩いていく。
下りきった先に、重い鉄格子の向こう――監獄が見えた。
中には、教会の者らしい服を着た男が、地べたに転がっている。衣服は血で染まり、乾いた黒に変色していた。
生きているのか、それとも……?
「おい、どうなってるんだ」
俺が予想した状況だ。おれは声を張り上げる。
「いや、誰がこんなことを。きっと、あいつら……悪魔つきの仕業ですな」
同じ牢には、薄汚れた子供たちが十数人。狭い牢の中を、何かに憑かれたように彷徨い、意味不明の言葉を呟いていた。
――これが、悪魔つき?
魔力はわずかに感じる。だが、怯えるほどではない。微弱な魔の気配が漂う程度だ。
「嘘をつけ。牢を開けろ」
「は、はい。ただ……中は危険ですよ」
ハーンは顔にうすら笑いを貼りつけたまま、鍵を回した。
俺は迷わず、牢へ飛び込んだ。
夢遊病のようにふらつく子供たちが、こちらへにじり寄ってくる。
「お前たちは、少し寝ていろ」語気を抑えながら言う。
「治療には順番があるからな」可哀想ではあったが、治療の妨げになる。
子供たちの足を折り、動けなくする。痛みで正気に戻る可能性もあった。
うつ伏せで倒れていた助祭の身体を、慎重に仰向けにする。
「……鎌だな。刃の曲がり具合が、傷に残っている」傷口を見て、俺は即座に判断した。
「鎌のようなもので、切り刻まれているぞ!」ハーンへ怒鳴る。
「そうですか。やはり悪魔つきですね……」彼の声は芝居がかったままだ。
「外は危険ですので、牢を閉めさせてもらいます」
「おい、何をしている! 治癒師を手配しろ!」
「そうしたいのですが……中が危険では……」
「悪魔つきはもう動けない。見ただろう!」
「……わかりました。呼んでまいります」
待ってましたと言わんばかりの調子で、ハーンは牢から出ていった。
そして、部屋の灯りをすべて消し、廊下の扉までも閉めていく。俺はひとつ、深く息を吐いた。
――やはり、こうなるか。ハーンの裏切りなど、最初から予測済み。
そもそも、奴らの前で自分の治癒魔法を見せる気もなかった。
すべて、計画のうちだ。
「俺まで行方不明……そう報告する気か? いや、ニコライも……」囁くような声が、耳の奥で笑った。
――また牢屋なの?
レイラの、あの半ば呆れたような顔が脳裏をよぎる。だが、今回は違う。
これは計画だ。れっきとした、俺の手で仕組んだ布石だ。
さて。始めるか。
右手を掲げると、淡い緑の光が集まり、膜のように掌を覆った。
静かに、それを助祭の傷口へ押し当てる。
普通の治癒師では、助けられない致命傷だ。だが俺には――可能だ。
幾多の治療を強いられてきたこの手は、もはや一流の神業に至っている。
すうっと、裂けた肉が結び、血がひいていく。
緑の光が、闇の中でささやかに瞬いた。
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