バルバッドでの出迎え
バルバッドの町に着いた。
入り口には、どこか場違いな仰々しさを感じさせる即席の門が構えられ、検問が行われている。木材はまだ新しく、釘も粗雑。急ごしらえの防壁には、作り手の焦りが滲んでいた。
「止まれ。お前たちは何者だ」
閉じられた門の上、壇の上から、ラシェド州の警備兵が鋭く声を放つ。鎧の継ぎ目からは汗が滲み、視線だけは妙に鋭い。
「ニコライ司祭一行で御座います。この地の教会より、正式な依頼を受け、参りました」
ニコライの助祭が一歩前に出て答える。
ざわめきが広がり、兵たちが慌ただしく動き出す。やがて、軋む音と共に門が開いた。
「お待たせ致しました。遠路、はるばるお越しいただき感謝致します」
現れたのは――ラシェド州の領主、ハーン。狐のように細く吊り上がった目、脂ぎった笑み、小柄な身体。左右には、筋骨隆々の奴隷兵を二人侍らせている。
しかも、俺たちの周囲には、いつの間にか州兵がずらりと並び、無言で囲み始めていた。威圧のつもりか? 愚かな真似を。
護衛の兵たちは明らかに緊張しているが、ニコライは微笑んだまま揺るがない。
「ええ、アレクセイ皇帝より、ハーン殿の働きをこの目で見てくるよう仰せつかっております」
さらりと言ったその一言で、ハーンの目の奥が僅かに揺れた。
「これは恐れ入ります。……なに、隠し事など何一つございませんとも。それでは我が屋敷にて、おもてなしを」
ハーンは目を細め、芝居がかった丁寧さで手を差し伸べてきた。
「ところで」ニコライがふと視線を逸らし、言葉を継ぐ。「この地域を任されている助祭の姿が見えませんが……?」
その言葉に、ハーンの笑顔が一瞬止まる。
「ああ……助祭には、誠に遺憾ながら不正の嫌疑が。現在、取り調べ中でして」
「それはまた……教会の者にあるまじきこと。どこに?」
「監獄に……ですが、ニコライ様のお足を運ばれるような場所では。すぐに解放される予定です」
言葉の端々から、会わせる気がないのは見え見えだった。……助祭が生きていれば、の話だが。
「なら、俺が話を聞いてくる」
俺が前に出ると、即座に数人の州兵が行く手を塞いだ。
「勝手に動くな」
一人、羽飾りをつけた甲冑姿の男が、真正面に立って睨んでくる。上に立つ者、州兵長だろう。
「ああ、なるほど。監獄まで案内してくれるんだな」
俺は男の首元をひょいと掴み、片手で持ち上げた。
「ぐ、ぐふっ……!」
息ができずに苦悶の表情。もがく様子は見ていて滑稽ですらある。
「暴れると窒息するぞ? まさか、お前、監獄の場所を知らないんじゃないだろうな。……なら、ハーン殿に案内してもらうしかないな」
そう言って、足の魔力を入れると、取り囲む兵を飛び越え、ハーンの背後に音もなく着地する。一瞬だ。
「ハーン殿、お願いできるかな?」
耳元で囁くと、「ひ、ひえぇぇ……っ」
情けない悲鳴を上げ、その場に座り込んだ。腰が抜けたらしい。
奴隷の大男たちにも鋭い視線を向けると、途端に彼らは肩を縮めて後ずさる。いい子だ。
「リドリー様、暴力は……」
ニコライが苦笑しながらたしなめる。
「もちろん。案内してもらうだけだ」
俺は、まだ片手で州兵長を持ち上げたまま、もう片方の手でハーンの腕をがっちりと掴む。逃がす気はない。
「さあ、早く行こう。……ニコライ、あとで教会に行く」
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。




