カスル・アッ=ダム
マルクたちはニコライの護衛兵に変装し、俺たちに同行することになった。
オアシスを越えた先、灼けた砂の道を進む。数匹の砂漠蜥蜴が牽引する砂走船と、砂漠鳥に乗っての移動だ。
一番大きな砂漠鳥には、俺が一人で乗る。ナッシュ兄妹は二人で一羽にまたがり、交代で手綱を取っていた。
「ナーシル砂海連邦とは、どんな国じゃ?」
ノクスはマルクに抱えられ、砂漠鳥の背に揺られている。
「貧しい国だ。帝国よりも、ラシェド州よりも、はるかにな。……そして、古いしきたりと教えが、今も生きてる」
「ほお、それなら良い物があるぞ」
ノクスの目が輝き、暑さに強い麦の話をし始めた。帝国の市場から仕入れた種麦らしいが、もとはレイラの植物研究所が飢饉対策として開発したものだという。
「そんな物が。分けてくれるのか?」
「そうじゃな。条件がある」
交渉――いや、商談の最中、俺はノクスに声をかけた。
「なんじゃリドリー、大事な話の途中じゃ。邪魔をするな!」
「いや、ノクス。……異質な魔力を感じないか?」
「ふぅむ……確かにな。微弱だが、確かに漂っておる。……やれやれ、主は本当に引き寄せるな、あやつらを。迎えに行こうではないか」
「ああ」
俺は砂漠鳥の体に手を当て、そっと治癒魔法をかけた。
体の疲れが薄れ、足取りが力強くなる。
軽やかに俺の首に飛びついたノクスが言う。
「そればかりやると、砂漠鳥の心が削れるぞ。ほどほどにな。……マルク、先に行っておる。ついてこい!」
俺たちは魔力の気配を辿り、砂を蹴って駆けた。
そして――
目の前に、廃墟が広がっていた。
古の都。かつて人々が暮らし、そして滅びた場所。
大半は砂に呑まれ、今は静寂に眠る石の亡骸だ。
その中心に、ひときわ高くそびえる塔跡。朽ちてもなお威厳を保つその頂から、かすかな煙が、空へと昇っていた。
「なんだここは……! 誰かいるのか?」
俺たちは、広い遺跡を見回した。足元にはひび割れた石畳。熱風が唸り、砂が踊る。
「……ここは、カスル・アッ=ダム。古の都です」
後ろから追いついたマルクが、低い声で告げた。
「なぜ、戦が?」
風が流れる。そこに混じっていた――血の匂い。
「……わかりません。この地は禁足地。人が足を踏み入れてはならないとされている場所。砂の民の掟です」
マルクの顔には、怒りの色が浮かんでいた。誰かが、それを破った。
――どうするべきか。
勝手に踏み込むのもまずい。ニコライの到着を待つしかないか。そう思った、そのとき。
俺の視界に、何かが光を返した。
岩の影。
そこに、半ば砂に埋もれた箱があった。
漆黒の木。金色の紋様が刻まれている。美しく、異様で――まるで、棺桶。
俺は、無意識に手を伸ばした。蓋に触れ、わずかに力を込める。
――そのときだった。
「開けるな!」声が、響いた。
箱の中から。……確かに、聞こえた。
そして、箱の奥から滲み出すように、微弱な、しかし確かな異様な魔力が立ち上った。
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。




