ニコライとマルク
マルクがニコライに会いに来たのは、彼からの手紙がきっかけだった。「普通に再会したい」と、そう書かれていたらしい。
ともに帝国の元皇太子。マルクはナーシル砂海連邦出身の母を持ち、その縁でナーシルへ戻されていた。一方、ニコライは東方聖教会へと出家。出自も性格もまるで違うふたりだが──ニコライは、どうやらマルクを慕っていたらしい。
王城内での陰湿ないじめや嫌がらせに、毅然と立ち向かい、自分を庇ってくれたのがマルクだったという。
昔話で盛り上がった後、話題は自然と今のことへと移っていった。
「兄さんに会えただけで、今回の巡行は……もう、十分です」
「馬鹿なことを言うな。俺は、お前が後継者だと思ってたんだがな」
「ですが、私には……政治は向いていないんです」
ニコライは目を伏せ、苦笑いを浮かべた。
「けれど……教会もまた、政治の世界でした」
マルクがくつくつと笑う。
「だろうな。どこへ行っても、同じさ」
「……はい。兄さんの言う通りです」
「実は、会いに来た理由が、もうふたつある。一つが──これだ」
そう言って、マルクが懐から放り投げたのは──人の皮膚だった。刻印の押された、女の腕の一部のようなそれ。
「ああ、それ知ってる。魔女除けの刻印だな」
思わず口を挟んだ俺に、ニコライが紹介を添える。
「こちら、リドリー様。今回の私の警護をお願いしている方です。非常にお強い冒険者でして……」
「なるほど、強そうだ。安心したよ」
マルクはそう言って、俺に手を差し出した。握手のつもりだが、思いきり力を込めてきやがった。試してるのか? まあ、俺にとっては全然たいしたことない。
軽く握り返すと、マルクの顔が苦悶に歪む。
「……悪い、つい癖で力入れすぎた」俺は謝った。レイラに見られてたら怒られてたな。他国の高位者に何をしてるの?って。
「いや、試した俺が悪い。さて……話を戻そう」
マルクが表情を引き締め、刻印の話題に戻る。
ナーシル砂海連邦にも難民が押し寄せているという。それ自体も問題だが、この刻印を持つ者──ほとんどが女性──が、重い病を患っていた。ただの流行病ではない。
「それで、どうした?」
「刻印を削ったら、治療が効いた。ただ、間に合わなかった者も多い」
「どうしてそこまで、難民に肩入れを?」
「ははは、女は大事にして、抱いてやらんとな」
真顔でそう言ったマルクに、ニコライは苦笑しながら肩をすくめる。
「……相変わらずですね、兄さん」
けれど、その瞳には、微かに安堵の色も滲んでいた。
俺は内心で「まったくだ」と思いつつ、レイラに向けて「浮気はしない」と念のため弁解しておいた。つまり、施政者として人命を大事にしているのは素晴らしい、ってことだ。
「難民の出どころは、ラシェド州──とくにバルバッドが多い。圧政を敷いてるって噂がある。その金で軍備を増強してるともな。商人たちの間じゃ、わりと知られてる話だ」
「……そんな話、聞いておりませんでした。訪問を依頼してきた者からも、そこまでは……。ただ、“貧窮している”とは書かれておりましたが」
ニコライは困ったように眉を寄せる。
「ラシェド州はナーシル砂海連邦の領土だ。……どうするべきか、考えてるところだ」
「それほどの判断を、兄さんが……?」
「そんなことをしたら、帝国と戦争になる」ニコライが珍しくきつい口調で言った。
「……もう一つの理由が、それだ」マルクが、ふと声を落とす。
「アレクセイが、『俺を皇帝に承認してくれたら、ラシェド州を譲る』って証文を出してきた。俺はアレクセイに協力して、帝国軍にも兵を出してる」
「……そ、そんなことが……」
「もともと、あそこはナーシルの領土だったんだ。バルバッドは特に、古き都でもある。帝国から奪い返したことで、俺は次の首長に推薦されてる。ただ……もし変な火種を掴まされてたら、逆に罰を受けるかもしれない」
「じゃあ、一緒に見に行こう」
俺はにやりと笑った。
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