マゴメドの葬儀 2
教会の中が、再び静まりかえった。ルミナの言葉を、皆が待っている。
聖堂には神像ひとつなく、ただ月明かりだけが、祭壇を静かに照らしていた。
ルミナは、備えられていた紙を手に取り、静かに息を整える。そして、読み上げた。
「マゴメドは、死んだ。……彼は、神の元へ行けたのだろうか」
彼の死を悼みながらも、過ちに目を伏せることはせず、ルミナは淡々と語る。
その口調は裁きでもなく、赦しでもなく、ただ静かな“証言”のようだった。俺は、彼女の横顔を見ていた。
綺麗な声だった。揺らがず、透き通っていて――まるで、それだけが真実だと告げているように聞こえた。
ルミナは責めない。ただ「残念だ」と、静かに言うだけだ。それだけで、聞く者の中に何かが沈んでいく。自分が直接咎められたわけじゃないのに、妙に胸が詰まった。
「ですが、我が西方聖教会は、彼をこの地に埋葬することを許可します」
小さく、誰かが息をつく音がした。
それは安堵にも似ていた。まるで、許しが自分にまで及んだかのように。
「――けれど、いつまでも寛容であるとは限りません。行いを改め、神の慈悲を乞いましょう」
その言葉を最後に、ルミナは紙を胸元で折り、壇を静かに降りた。
祭壇の前で立ち止まり、月明かりに照らされた白布にひざまずく。
そして、マゴメドの棺に、一輪の花を手向けた。
続けて、参列者たちにも花を捧げるよう促すと、ルミナは一礼し、その場を静かに後にした。
――ああ、立派だった。俺は、思わず口にしていた。
「……見事なもんだな。ニコライ、どうだ?」
隣にいたニコライは、何か言いかけて、すぐにうなずいた。
「ええ……」
目の端に、うっすら涙が浮かんでいた。
「おい、どうしたんだ? お前だって、似たようなこと何度もやってるだろ」
けれど、ニコライは黙ったまま首を振る。その動きには、はっきりとした否があった。
何かが喉元まで来て、それでも言葉にできずにいる――そんな顔だった。
※
マゴメドの遺体は、裏の墓地に運ばれた。
民衆に見送られながら、静かに土に還っていく。
葬儀が終わったのは、太陽が昇りきる頃だった。
「それで、東方正教会としては、どうなんだ? 他の宗教の布教だぞ?」
その様子を見届けながら、俺はニコライに訊いた。
「……王国の、レイラ様の意向があるから、何もしない。――残念ながら、我々の考える信者とは、人種も、地位も限られている。それ以外は、憐れみの対象でしかない」
その言葉に、俺は鼻で笑った。
「傲慢な教えだな」
ニコライは答えなかった。ただ、苦い顔をしていた。
気づけば、会場はすでに今後の話し合いに移っていた。
街の顔役や有力者たちによって、教会は保護され、学びの場としても活用されることが決まった。
ノクスが、にやりと笑いながら俺に声をかけてきた。
「さあ、もうここに用は無い。憎き刻印の作成者を殺しに行こう!」
「あのなぁ、俺の仕事は、ニコライの護衛だぞ」
「知っておるよ。同じ南方の地だ。それに、例の件と関わりがあるとお前も考えておるだろう?」
俺は頷いた。そう――その通りだ
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