赤き山の麓の町
「お待たせしたな、行こうか!」俺は声をかける。
ニコライの隊列は、俺の予想をはるかに超えていた。
彼が乗るのは、金銀の装飾がまばゆい、聖教貴族用の豪奢な客車。その後ろに続くのは、助祭たちの馬車が数台、さらには物資と人を詰め込んだ荷馬車が十台近く。
そして、それらを取り囲むように警備隊が随行し、東方聖教会の巨大な旗が風をはらんでたなびいていた。まるで一つの国が移動しているかのような圧力すらある。
「はい、よろしくお願いします」
俺たちはその列に組み込まれ、ニコライの馬車の少し後ろに位置を取った。
「うーん、リドリー。もっとマシな馬車はなかったのか? たとえばレイラのとか」
御者席で手綱を握る俺の隣で、ノクスがやや不満げに腰をずらした。
「さすがに、レイラのは借りられんよ。馬車工房にも聞いたが、今は飛ぶように売れてるらしい。結局、在庫の中から選べたのは、古くて壊れてた荷馬車だけだった」
とはいえ、それを手に入れて、遠征慣れした騎士団の連中に修理させたらしい。工具を握る手際は、実戦同様に鮮やかだった。
「その代わり、馬は駿馬を借りてきた。道中は問題ないはずだ」
帝都の南門を、聖教会の権威で検問なしに通過する。広がるのは農村地帯。そこを越えると、風景は急激に変わった。
緑は薄れ、土は赤く、やがて岩だらけの荒野に変わる。遠くには、赤褐色の連なる山々——赤き連山が姿を見せていた。けれど馬車道は、だけは丁寧に舗装されていた。
「止まれ!」
先導の馬車が合図を送り、キャラバンは動きを止めた。どうやら道が一部、陥没しているらしい。
後方の荷馬車から、職人たち——“道守”と呼ばれる男たちが、工具を手に走ってくる。
俺も様子を見に行くと、陥没は小規模で、回避はできそうだった。
「いえ、放置しておくと、風雨で広がりますからね」
後ろを振り返ると、いつの間にかニコライが立っていた。
「それを、お前たちがやる意味はあるのか?」
「できるからやる。それだけですよ」
その目は、ただ静かだった。計算も偽善もなく、ただまっすぐな信念だけが見えた。
何度か休憩と工事を挟み、夕方、目的地に到着した。赤き連山の麓にある町だ。
遠くから見れば素朴で平和そうな町だったが、近づくと、どこかくたびれた空気が漂っていた。
ニコライと助祭たちは町の中にある東方聖教会に宿泊し、地元の権力者たちと会合を持つらしい。
「リドリー様も、ご一緒にいかがですか?」
「いや、俺たちは郊外の荷馬野営地に泊まるよ」
誘いを断り、俺たちは荷馬車の警備隊や道守たちとともに郊外へ向かった。
町中とは一変し、荒れた貧民街が広がっていた。大人たちは無気力にたたずみ、子供たちは鋭い目つきでこちらを窺う。足を引きずりながら歩く者や、壁に寄りかかってうずくまる者が見受けられ、空気は重く、沈黙が支配していた。
「リドリー、積んでいた荷を降ろしてくれ」
「ああ、炊き出しでもするのか?」
「いや、それなら聖教会がとっくにやってる。俺たちがやるのは、もっと根本的なことだよ」
ノクスは、少し笑った。「この町に、土地を買ってくれないか? いくらもしないタダみたいなもんだろう」
「……土地?」
「ああ。この人たちに農地を与えたい。開墾させて、自分の手で食糧を得られるようにする。それで、彼らの尊敬を得られるからな、ははは」
そう言って、ノクスは荷馬車の後ろに積まれた袋を指した。そこには、帝都で見つけた暑さに強い小麦の籾種が入っている。
「さて、話に行こうか?」 俺は、ノクスやナッシュ兄妹について貧民街に入っていく。
ノクスの背中が、夕焼けに照らされていた。
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