ニコライの依頼
ニコライは助祭や侍者を下がらせると、部屋に鍵をかけ、話を続けた。
「いえ、構いませんよ。信仰の自由ですから。しかし、そのクロスを見せてもらえますか?」
「はい」ナナはシャツの中からネックレスになった碇クロスを取り出し、ニコライの顔の近くに差し出した。
「ああ、やはり西方聖教会のクロスですね。まだ信仰が続いていたとは……」
ニコライは驚いて目を見開き、興味深げにじっと見つめた。
「おじさんも欲しいの? 一つあげようか? 綺麗に出来てるでしょ!」
ナナとナッシュが、聖具職人を口説き落として、いや、布教して作らせたものだ。
「とても綺麗に出来ているね。でも、残念ながら、私はもらえない。もっと早く出会いたかったよ。それと、そのクロスは他の人に見つからないようにね」
ニコライは優しくナッシュに言った。こんな柔らかい言い方をする男だったのか……。
「それで、要件は何だ?」俺は尋ねた。
「そうでした。あなたが名のある冒険者だとお聞きしまして、相談させていただきたく……」
「どうして知っている?」
「このような組織で上がっていくには、情報が大切です。警備長から報告がありましたので」
ニコライの依頼は、帝国南西部の砂漠の町バルバッドで、多くの『悪魔付きの子』が発生しているため、その護衛をお願いしたいというものであった。
「ふうん。護衛なんて、教会の警備隊がいるだろう」
「彼らの仕事はあくまでカテドラルの警備ですし、戦力としては心許ないのです。報告を読みましたが、まるで要領を得ない。悪魔付きと言われていた者たちは、過去の教会の記録に記されていますが、その様子とも違うのです」
「じゃあ、帝国軍にでも頼めばいいだろう。お前の自慢の弟に頼めばどうだ?」
「相手は軍でもなく、正体不明の者たちです。彼らは自分たちの地盤固めに必死でしょうから、相手にしてくれません。昔は教会も軍隊を持っていて対応できましたが……」
悪魔付きは、そう呼ばれているが『悪魔の仕業』ではない。呪いであったり、環境の変化による魔力暴走であったりするのだ。
だが、それだけか。俺の勘が違うと訴えてくる。本物の悪魔付きかもしれない。
「わかった。即答はできない。俺一人では決められないからな」俺はレイラに相談することにした。
腹が減ったので、食事を取ることにした。整然とした冷たい帝都にも、雑然とした下町が存在していた。貧困も、病苦も。
トマトと豆のスープ、牛肉の煮込み、肉詰めの揚げパン。やはり、帝国の地元料理を食べる。
「美味い!」
ナッシュ兄妹たちは、市民にそれとなく、皇帝や教会の話を聴き取り調査をする。俺はひたすら食べていた。