ニコライ司祭
「ただの見学だ。構わないな?」
「ああ」
俺たちは礼拝堂に入った。説教壇には既に司祭が立ち、既に多くの信者が席に座っている。
「リドリー様、最前の席が空いてますよ」ナナが声をかけてくる。
「ああ、座っても構わないのかな?」
「そうですね。どけと言われたら替わりましょう」ナッシュが言った。
ルミナも連れて、四人で空いている最前列に腰を下ろす。信者席からざわめきが起こるが、司祭がこほんと咳払いをすると、礼拝堂は静寂に包まれた。
開始の祈りの後、司祭が聖書朗読を行い、説教が始まる。
どうやら、東方聖教会は「正しき唯一神の信仰」を掲げる厳格な教団らしい。これが異端審問や異教徒への弾圧を行い、過去に幾度となく聖戦を引き起こした理由なのだろう。
「先日、皇帝と王国の宰相が何者かに襲われた。しかも、皇城の内部でだ。なぜだ? 彼らは東方聖教会の教えを国教から外した。それだけでなく、他の宗派への肩入れもしている」
「神の怒りだ!」「これは警告だ!」
信者席から声が上がる。だが、その声の主は、一般の市民ではなく、ごろつきのような連中だった。
「お静かに。神の御前です」司祭が静かに告げる。
「新しき皇帝は、我が弟。その行いには、私にも罪がある」
今度は多くの信者が声を上げる。
「司祭様は悪くない」「悪いのは、あの女だ」
さすがに皇帝そのものを直接批判する声は出ていないが、信者たちの思いはひしひしと伝わってくる。
司祭は苦悩の表情を浮かべるが、その内心は計り知れない。
「よいですか、ここは神の御前。皆様で、心を一つにして祈りましょう」
共同祈願が終わり、司祭が退出する。
信者たちはそれぞれ思い、感想を口にしながら、献灯台に蝋燭を灯していく。
俺たちも形ばかりの献灯を済ませ、帰ろうとしたところで助祭に呼び止められた。
「お待ちください。ニコライ様がお話をしたいとのことです」
「誰だ、それは?」俺はナッシュに聞く。
「先ほどの司祭様です。アレクセイ様の義兄にあたります」
「ふうん、まあいいだろう」
助祭に案内され、司祭の館の応接室に通された。
ナナとナッシュには、ルミナと手をつないでおくよう指示を出している。こんな場所でノクスに暴れられては一大事だ。
しばらく待たされ、ようやくニコライが現れた。俺は次の目的地へ急ぎたくて、内心苛立っていた。
「申し訳ありません。信者の方に呼び止められまして……」
「俺たちも礼拝に参加したぞ!」
「はぁ⁈ お待たせしたのは申し訳ありませんが……違う神を信仰されておられますね?」
知っているぞ、と言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、俺たちを見つめてくる。
「悪いが、俺は何も信仰していない」
「そうでしたか。ですが、お連れの方が珍しいクロスをされていましたので……」
俺は焦りながら、ナッシュ兄妹とルミナを見た。
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