襲撃
その夜、侯都シュベルトでは、オルフィン侯爵主催の歓迎会が開かれた。特に問題は起きなかったが、オルフィンは他のレイラの信奉者と同様に彼女の話に釘付けになり、ひたすら耳を傾けていた。
一方、主賓のアレクセイとは最低限の言葉しか交わすことなく、アレクセイは黙々と食事を進めるばかりだった。
俺はいつも通り東部の郷土料理を楽しんでいたが、レイラに「もう少し控えめにして」と言われるまでは、食べ続けていた。
「翌日も早いので、この辺で」
会を早々に終了し、俺は部屋でレイラと酒を楽しんでいた。帝国では同室を避けるため、夜のひとときは貴重だ。
翌朝、予定より大幅に遅れて出発することになった。理由は不明だが、帝国側の事情で足止めを食らったようだ。
昼過ぎ、ようやく馬車が動き出し、深い森を抜け、国境を越えると、すぐに峠道が見えてきた。
「ここしかないよな」
シュベルトを出た時から、どこか不安定な空気が漂っていたが、峠道に足を踏み入れた瞬間、その空気が一層重く、冷たくなった。
「かなりの数だな。数十人、いや数百人が潜んでいるぞ、レイラ」
俺は冷静に周囲を観察しながら言った。だが、レイラは呑気に首を傾げる。
「あら、私、オルフィンに嫌われていたのかしら」
冗談めかして言う彼女に、俺は少し困ったような笑みを浮かべたが、その場の雰囲気がそれを許さないことは感じ取っていた。
「いや、そうは見えなかったな。とりあえず隠れていろ」
俺は助手席にいたレイラを客室へ押し込むと、ティアが無言で彼女の肩から俺の肩に飛び移った。客室には帝国のメイドが何人か乗っているが、誰も恐れず、恐怖を感じさせるような動きもなかった。
その瞬間、先導する若い皇帝アレクセイの乗る馬車が、俺たちの馬車に並んだ。
「レイラ様は、最後尾からゆっくり、お越しください」
アレクセイは淡々と指示を出すと、馬車は猛スピードで駆け抜けていき、護衛隊の馬車もそれに続いた。
次の瞬間、峠道の両側、崖の上から矢が一斉に降り注いだ。無数の弓矢が空を裂き、矢の雨となって馬車を狙う。どこの軍勢かは分からない。旗印は見当たらないのだ。
俺はすぐに馬車の速度を落とし、巻き添えを避けるために右に左に動かしながら、周囲を冷静に見渡す。狙いはアレクセイの馬車だが、矢は外れて俺たちの馬車にも向かってくる。
俺は剣を引き抜き、矢を払い落とした。その風圧で矢が弧を描きながら空を舞い、やがて地面に落ちる。
アレクセイ達を追っていた弓矢隊は、崖上を移動し、やがてその姿を消した。
峠を越えた先、出口には馬車止めの遮断柵が打ち壊されていた。ここで、アレクセイを襲おうと待ち構えていた兵士たちと、帝国軍の兵士との戦闘が繰り広げられていたのだろう。血の匂いが辺りに漂い、生々しい戦闘の痕跡が残っている。
片付けを進める帝国兵の姿を見ながら、同時に崖の上で再び戦闘が始まった音が響いた。その音は、次第に遠くなり、やがて静寂に包まれた。
そして、峠を抜けて平原に出ると、アレクセイの馬車と、帝国兵の一軍が整列し、俺たちを迎えていた。
「我が帝国にようこそ。無事でよかった」
アレクセイは冷静な表情でレイラに微笑んだ。その瞳には、安堵の色が交じっていた。
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