オルフィン侯爵領 シュバルト
アレクセイとその傘下の者たちは、王都にいる一週間の間、精力的に動き、王国の仕組みや知識、技術を盗もうと必死に行動していた。
壮年の軍人は武器や戦略を、聡明な官僚は行政の仕組みを、異国風の衣を纏った者は教育制度を。そして、アレクセイはそれらすべてを。
「レイラ様、これはどのように?」
皇帝は彼女を連れ回していたが、その姿は、厳格な顔を隠し、姉を慕う少年のように見えた。
俺は、その姿に微かな違和感を覚えた。それが意図的でないことはわかるが、どこか無理に演じているような気がした。
アレクセイが滞在して一週間。俺たちは、彼らが帝国に帰るのに合わせて、帝国へ向かうことになった。
「ご同行いただきありがとうございます」
ティアには鳥となり、レイラの警備をしてもらっている。俺が王国にいる時とは違って、レイラと一緒にいられる時間がどんどん減っていくからだ。
「今回の旅には、同行者はリドだけよ」
彼女の身の回りの世話をするメイドたちも連れて行かない。
「どうしてだ?」
「相手の狙いがわからないから」
レイラは冷徹な決断を下すことを躊躇わないが、無辜の命が失われることに強い嫌悪感を抱いている。
「わかった。あいつらを別行動で呼び寄せよう」
モルガンたちを帝国に潜入させることにした。
王都を出た一行は、南の広くて肥沃な農業地を通る。
「土地に、草が生えていますね?」
「二毛作のクローバーですよ。冬に育てることで、緑肥と牧草にできます。取り入れてみては?」
「ありがとうございます。推奨、いや、施策として取り入れます」帝国の者が羊皮紙に筆を走らせている。
農耕地を過ぎると、東の山林地帯に足を踏み入れる。アレクセイたちが通ってきた近道の狭道ではなく、主要道を通って帰る。途中に目的地があったからだ。
ゴトゴト、ギシギシ。馬車が軋みながら、山道を登る。
目的地は、オルフィン侯爵領の侯都シュヴァルト。山林地帯の高台に作られた防塞都市だ。過去に一度も帝国の侵略を許したことがない、王国の盾と呼ばれる都市だ。
「よくお越しくださいました、レイラ様」
立派な髭を生やした、短髪で横に広い無骨な男。その声の主がオルフィン侯爵である。レイラに対して最敬礼の態度をとっている。
「オルフィンも元気そうで、安心しました」レイラの言葉に、強面の顔が緩んだ。
ここで接待を受けて一泊する。表面下で険悪な関係にあるアレクセイとオルフィン侯爵との関係修復が目的の一つでもある。
「お世話になります」
アレクセイの言葉をオルフィンは無視し、レイラを部屋に案内しようとする。
険悪な空気が一気に立ち込めるのを感じたレイラが、冷静に命じる。
「オルフィン侯爵、アレクセイ皇帝に挨拶を!」
オルフィン侯爵の表情はすぐに引き締まり、無理に笑顔を作りながらも、アレクセイに軽く会釈をした。
アレクセイも黙って頭を下げる。
レイラはその光景を静かに見守っていた。彼女の顔からは、何も感情が読み取れなかった。
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