地下聖堂 2
俺は、その憐れな死体にそっと触れる。
「お前、何をする気だ!」
レイラを降ろし、触れている手に全力で治癒の魔力を巡らせる。
俺の手を覆う魔力が、魔女の前世の亡骸を包み込む。少しずつ、少しずつ――傷が癒えていく。
「駄目だ、もう魔力が尽きた……」
俺は膝を地面についた。
亡骸は、千切れ、抉り取られた体の一部が再生し、ずたぼろになっていた皮膚には、傷一つなくなっていた。
まるで生きているかのような肌艶を取り戻し、虫食いの古い着物を着替えさせれば、眠る聖女のようにも見える。
「悪いが、死者を生き返らせるのは俺にはできん。それは、お前の領域だろう」
「何という馬鹿なことを……今さら、前世の骸など……」
だが、ノクスは慈しむような眼差しで、それを見つめていた。
俺は静かに石棺の隙間を閉じる。
「お前の前世のように、悲しい結末を迎えた者たち……殉教者の弔いをしよう」
「今さら、誰が古き神を敬い、私たちを悼んでくれる?」
ノクスは吐き捨てるように言った。
「私が、そして私の知る異教徒の末裔たちが、貴女たちを供養します」
レジーナが声を震わせながら、胸元から異教徒の十字架を取り出した。モルガンは驚きの表情を見せたが、何も言わなかった。レイラは知っていたのか、薄ら笑いを浮かべている。
「大丈夫なのか? そんなものを見せて」
ノクスは、信者がまだいたことに驚き、同時に心配した。
そこには、魔女らしさの欠片もなく、ただ同胞を想う優しさがあった。
「レイラ様は、信仰の自由を謳い、私を庇護してくれています」
レイラは少し苦笑いを浮かべた。
俺は彼女が何も信仰しておらず、ただ教会の特権と武力を排除してきたことを知っている。
「まあ、大差ないさ」
俺は立ち上がり、レイラの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「ヴァルターク王国は、特定の信仰だけに権威を与えないし、教団が武力を持つことも、民衆が自身以外の信仰を理由に迫害することも許しません」
それは、別世界の彼女の倫理観によるものだろう。
「そんな理想が叶うものか?」ノクスは吐き捨てるように言う。
「ですから、協力してもらえませんか?」
ノクスは、レイラの目を見つめて、彼女の本気度を探った。
「ふっ、いいだろう。多少の便宜は図ってもらうがな。疲れたから少し眠る。また後で話し合おう」
濃厚な魔力を持つノクスの気配は消え、ルクスとなり、レジーナに抱き上げられる。
「いつものレイラらしい、話し合いでの解決になって良かったよ」
「でも……これで良かったのかな?」
「ああ、理屈はあるが、何より予感がする。それより腹が減った。城にでも戻ろう」
「抱っこして」
「駄目だ、疲れていて……」
レイラが手を差し出すが、俺は軽く首を振る。
「お前が一番元気だろうが」
「ちぇっ」
拗ねたように口を尖らせるが、すぐに歩き出す。俺もそれに続いた。
夜風が吹き抜け、澄んだ空に沈みゆく月。長い夜が明けようとしていた。
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