死にたがりのレイラ
ティアは困惑した様子で、氷の息を吐きながら空を旋回している。
私は地上の様子を窺った。
逃走したゾンビたちは、騎士団によってほとんど殲滅されかかっている。モルガンとレジーナはすでに教会へ向かい、マリスフィア侯爵率いる兵と弓を撃ち交わしていた。そして、侯爵の兵を次々に倒している。
リドリーがこちらを見上げている。異常な魔力を発するティアの背に目を向けながらも、火穿竜の攻撃をかわしていた。
「大丈夫か?」
彼の大声が届く。リドリーの声には、いつもと変わらぬ優しさがあった。しかし、そこには明らかに不安も混じっている。
答えなければ、異常な事態に気づくだろう。ティアを通じて私の状態も伝わっているはずだ。
飛び降りれば、彼が受け止めてくれるだろう。けれど、それは簡単なことではない。タイミングを見極める必要がある。
「お前に逃げ場はないぞ」ノクスの冷徹な声が響く。
この状況でなぜ私を狙うのか。問い詰めるべきではないことはわかっているが、どうしても口をついて出た。
「なぜ私を狙うの?」
ノクスはクスリと笑い、悠然と指を伸ばす。その先にいたのは――マリスフィア侯爵だった。
「私の魂は教会に封印されていたが、あの男が解放してくれた」
月明かりに照らされた侯爵の顔が浮かぶ。青白く、苦しげな表情が心に深く突き刺さる。
「だから、褒美をくれてやった。一つは我が力の一端、死者を操る力。そしてもう一つは――可愛い炎のドラゴンをな」
「じゃあ、それで借りは返したんじゃないの? 私を狙う理由にはならないわ!」
魔女との戦いは避ける。それが悪魔の企みなら、なおさらだ。
「魂が解放され、新しい体を手に入れた。だがな、これは天恵だ、奇跡だ――私の体にはもう一つの魂がいたのだ。お前と同じ力を持つルミナの魂がな」
「そんなことが……」 私はその言葉が嘘ではないと、薄々感じていた。
「ルミナの体だけならば、お前にすぐ殺されていただろう。だが、この体には暗黒の魔女である私がいる。この体は守られる。そう、お前と同じ力を持たぬ――いや、お前以上に純粋に無力なルミナによって、お前の権能は無効化されるのだ」
この世界に於ける魔力を持たぬ人間、そんな人間は存在しない。私と目の前にいたルミナ以外は……だけど…
「信じないわ。貴方の本当の目的は何?」
「お前を殺し、新たな世界を作る。私が気にいるように、何度でも巻き戻して。皆は私を大聖女と讃えるだろう」
歪んだ狂信、己の力への陶酔。その言葉に私は――
「本当に呆れたわ! 暗闇の魔女ノクス!」
私は必死で振り向き、ティアに指示を出す。ティアがすぐさま宙返りし、その動きに従って私と暗黒の魔女の体は、ドラゴンの背から地上へと滑り落ちた。
「逃すものか!」 ノクスが片手で私の腕を掴む。同時に、もう片方の手に握ったナイフを振りかざした。
鋭い刃先が突き立てられる――
ぱりん!
ナイフが砕け散った。ガラスが割れるような音とともに、防壁の指輪も消滅する。
だが、砕ける直前の膨大な魔力を纏った刃が私の胸をかすめていた。鮮血が弾ける。
ドサッ!
魔女が地上に叩きつけられた。しかし、魔力の膜が彼女にかかる衝撃を和らげる。
一方、私は――
「リド、ありがとう」
私は胸から流れる血を感じながらも、リドリーの腕の中に抱えられて安堵した。
「もうだめかも」
私に、死と円環の終わりが迫っていた。
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