対 火穿竜
ゾンビたちが東方聖教会の敷地から四方へと散り、闇へ溶けるように広がっていく。
「ティア、そっちは頼んだ!」
ティアが新たな囲いを作るが、既に逃げたゾンビの一部は暗闇の中へと消えていた。
俺はマリスフィア侯爵を仕留めるべく、教会の門へ駆ける。
だが、その行く手を炎穿竜が遮った。大きく首を振り、紅蓮の炎を吐き出す。俺は地面を転がり、かろうじて回避――だが、読まれていた。唸りを上げた竜の尻尾が、俺の体を強かに打ち据える。
「ぐぁっ!」
身体が宙を舞い、無防備なまま地面に叩きつけられた。全身に衝撃が走り、肺から強制的に息が押し出される。
その瞬間、マリスフィア侯爵の方角から無数の矢が降り注いだ。
俺は魔力を全身に巡らせ、迎撃の構えを取る。その視線の先には、ゾンビの弓兵たちが整然と並び、感情の欠片もない表情で弦を引き絞っていた。
立ち上がり駆け出そうとした――が、足元に違和感。
腐った指が粘つく感触を残しながら、足首に絡みついている。地下にいるゾンビの手だ。
「チッ……!」
歯を食いしばり、力任せに引き剥がす。だが、その一瞬の遅れを、炎穿竜は見逃さなかった。
鋭い爪が風を裂きながら迫る。
防具ごと引き裂かれた。硬いはずの装甲が紙のように破れ、爪先が肉へと食い込む。焼けるような痛みが走り、鮮血が飛び散った。
「くっ……!」
続く爪撃を、俺は剣で必死に受け止める。火花が散り、衝撃が腕を痺れさせる。押し負ければ、そのまま裂かれる――そう悟った瞬間、俺は魔力を全力で刃へと注ぎ込み、炎穿竜の爪を弾き返した。
だが――
再びゾンビの手が足を捕らえ、弓矢が飛んでくる。
「クソッ……!」
俺は全ての魔力を腕に集中させる。他は犠牲にするしかない。傷つく体は、後回しだ。
魔力を帯びた剣を振り抜き、炎穿竜の爪を折り飛ばす。
「よしっ……!」さらに斬りかかる――が、
その瞬間、竜の体が魔力を帯びた光を放ち、防壁が生じた。
俺の刃は弾かれる。一進一退の攻防が続く。そろそろ、俺の体も治癒しないとまずい。だが、攻撃の手が緩む気配はない。
一瞬でも隙を作れば――
その時だった。
地を揺るがすような軍勢の足音が響く。
旗の紋章――白百合に両剣。
レイラの近衛騎士団だ。先頭には、モルガンとレジーナの姿がある。
セーヴァス城の戦いは、終わったのか――?
「ゾンビの討伐を頼む!」
その声と同時に、騎士団が戦場へなだれ込む。
入れ替わるように、ティアが俺の援軍に駆けつける。
――これで、この戦いも終わるはずだった。
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