レイラの不安
取り囲んだマリスフィア侯爵派軍は、少しずつ包囲を縮めている。小競り合いはあるものの、本格的に戦闘を始めようとはしていない。まるで、何かを待っているかのようだった。
その軍の中に、侯爵の姿はなかった。
「マリスフィア侯爵からの書状が届いております」
マルコへ
『我が娘を誘拐したと、私のところに使者が来た。引き渡しの前に、このようなことは許されない。私をたばかるな。必ず私の前に連れて来い。さもなければ、死をもって償ってもらう。猶予は、今日の夜』
マルコを糾弾する手紙だった。事態が動いても、マリスフィア侯爵の娘への執着が変わらず異常だった。
海に沈みゆく夕日が、空と海を赤く染め上げる。その光を受けて、レイラの横顔がくっきりと浮かび上がる。俺は、その美しい横顔を見つめた。
「レイラ、内戦になってしまったな?」
俺の問いに、レイラは夕日に目を細めながら首を振る。
「いいえ、これは反乱軍との戦いですから」
そう言った彼女の表情に、わずかな曇りが見えた。
「それより、リド、ルミナって何者なのかな? 侯爵が生きたまま捕えたい理由は何なのかな?」
「レイラが質問するなんて珍しいな。レイラはルミナから何も感じないのか?」
「ええ、何も。過去に会った魔女たちからは、例外なく感じていたものが、彼女からは全くないの」
レイラの瞳が揺れる。まるで、何かを確かめようとするかのように。
「ああ、魔女ではない。それはわかる。魔女が欲望の体現者とすれば、その正反対だ」
俺にできることはただ一つだ。
「ルミナと少し話をしてみよう」
そう言おうとした時、レイラの表情がわずかに険しくなった。
「……恐ろしいわ。私の行く道を止める存在、それがあの子かもしれない。もし私の力を封じられたら……」
不安げな彼女の瞳を、俺は真っ直ぐに見つめた。
「俺は、お前と共にある。だから、安心しろ!」
レイラは一瞬驚いたように目を見開き、そして、小さく微笑んだ。
「そうね。私もよ」
彼女の不安を払拭するように、俺はナッシュ兄妹を呼び出した。ルミナについて、何かわかることがあるかもしれない。
「記憶を無くしているのは本当ですね。とても利口な子です」
「大人しく見えますが、違います。感情そのものがわからない感じです」
ナッシュ兄が笑わせようとしても、ナナが驚かせようとしても、ルミナの表情は一切変わらなかったようだ。人形のようだと、ナッシュ兄妹は語った。
その時、ルミナが俺の前に現れた。俺は全く気が付かなかった。
お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。