ルミナ
マリスフィア侯爵領内にいる孤児。それだけでも、かなりの数になる。だが、侯爵が通達してきた「この一ヶ月以内に現れた、身元不明で記憶を持たない子」を探しても、どこにもいなかった。
「ルミナを見て、何か感じませんか?」ハーゲン子爵が問いかける。
「ああ、わかるぞ。あの子の中には、何かがいる。お前はわかるのか?」俺は逆に問い返した。
「運良く、我が所領の教会の前で倒れていたところを保護しました。ルミナという名前も、私が名付けたのです。彼女に言葉を教えればすぐに覚え、物事を教えるとすぐに理解しました。ただの頭の良い子ではない。異質な何かを感じました」
ハーゲン子爵は、西方聖教会の高名な司祭でもあった。
「侯爵に差し出さなかったのか?」
「ええ。渡してはいけない、そう感じたからです。しかし、侯爵がすぐに知るところとなりました。そこで一週間後、満月の夜——つまり今夜に引き渡すと伝えました。その代わり、無理に奪おうとすれば、ルミナを殺すと」
「何のために?」俺が聞くと、ハーゲンとマルコは微笑み、レイラは苦い顔をした。
「一週間あれば、レイラ宰相が来るでしょう。この事態は言葉では伝わりません。だから領内の移動を制限しました」
侯爵としても、その一週間の間に連合王国が侵攻する密約を計算してのことだろう。そのための兵たちの休暇——。
「ところで、侯爵が連合王国と密会した相手は、黒魔術師ダークウエルか?」
「名前まではわかりませんが、魔術師がいたと聞いています」
「そうか。それと、お前たちが侯爵を幽閉したのか?」
「いいえ。侯爵は城を出て、自ら東方教会へ向かいました。理由はわかりません」
「そうか……理由は今夜にはわかるさ。吸血鬼伝説かどうかもな」
戦が起きてもおかしくないはずなのに、外は驚くほど静かだった。まるで戦が始まる気配すらない。
俺たちは話を中断し、モルガンたちの様子を見に行くことにした。
セーヴァス城を取り囲むように、大軍のマリスフィア侯爵派の兵が布陣している。雑木林の中にあるハーゲンの屋敷にも、侯爵派の兵が向かっているのが見えた。
「変な噂があるのに、侯爵は人気があるらしいな」
「残念だが、父上には長年の実績と威光があるのは認めるしかない」
この城にも、マルコ派の兵が詰めているが、その数は取り囲む兵の十分の一にも満たないだろう。
マルコは一瞬だけ悔しそうな顔をしたが、すぐに明るい表情に戻ると、城内にいる兵たちに向かって大声で激励の言葉を投げかけた。
「皆の者、よく聞け! この城に掲げられている旗は、ヴァルターク王国の旗である。ここに、宰相レイラ様がいらっしゃる。これはどういうことか?
正義は我々にあるのだ! 皆も見たであろう、聖なるドラゴンを。勝利は我々にあるのだ!」
兵たちは、マルコの声に呼応し、鬨の声をあげた。
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