深夜に
三題噺もどき―ごひゃくごじゅうよん。
小さな物音で目が覚めた。
瞼を開けたはずなのに、視界は暗い。
まだ夜中なのか……。
「……」
枕元に置いた時計に手を伸ばすと、深夜ともいえる時間だった。
最近この時間に目覚めることなんてそうそうないから、何だか変な感じだ。眠れなくてこのくらいの時間になることはあるけれど、そういう時は朝まで寝れない。
眠れるときに寝てしまう質なのか、眠れた時は起きれば昼前なんてことが多々ある。
「……」
しかし何の音だ……カタカタと。
ほんの少し頭を持ち上げ、隣の妹の部屋を見てみる。
カーテンと本棚で仕切られただけなので、何かしていれば光が漏れてよくわかる。
「……」
その物音は、隣の妹ではなく、更に奥の部屋の妹のようだ。
このカタカタという音は、キーボードを叩く音だったのか。
大方宿題のレポートでも書いているんだろう。
「……」
私も学生の頃はよくやったものだ。
期限に間に合わせるために、夜遅くまでキーボードを叩く音を響かせて。
妹二人は割と物音には鈍感なのでその程度で起きるなんてことはなかったんだが。
「……」
私がそういう物音とか人の気配に特別敏感というわけではなく、妹二人が特別鈍いだけなんだと思う。地震で揺れても起きない両親の血をしっかりと引いているんだろう。父は割と敏感でないといけないはずなんだけどな、仕事柄。
「……」
まぁ、私がそういう音とか気配を気にしてしまうのは、色々と原因があるんだろう。
生まれ持っての性質かもしれないが、はっきりと言えるものじゃない。
幼い頃からそうなのであれば、もともとなのかもしれないけど。そんなころの記憶なんてないし、何なら幼い頃は人見知りもせずに他人についていったぐらいだとよく母に聞かされるくらいだ。
「……」
何歳の頃かは忘れたが、1人で祖父母の家を出て近くの駄菓子屋に行ったこともある。それはなんとなく覚えている。坂を上り坂を下り、車の走る道路を渡っていった先にあるのだけど……小さな身長では車から見えないかもしれない、突然走ってしまうかもしれない、そこで車にはねられるかもしれない。今考えるとぞっとする。最悪その時に私は死んでいたかもしれない。
いやはや、幼い子どもの無知とは恐ろしいものだ。何も知らないからこそ、そういう危険に身を投じていく。だからこそ目を離せないのだろう。
「……」
そんな奴だったのに、今やこんな臆病な人間になってしまったとは。
あの頃の私が、まだ人見知りもせずに他人をよくよく受け入れて信頼して人の機敏を気にしすぎない私が見たら、なんでそんなになったんだと思うだろう。
「……」
色々あったんだとしか言えないけど。
ありのままの自分では他人には裏切られるし、肯定もされない。
ならば、周りが期待するように演じてふるまって。
そうすることが当たり前になっていって。
「……」
演じて居なければ自分ではないような気もするし。
演じて居ればそれも自分ではないような気もするし。
「……」
演じていると、ばれてしまえば裏切られると人の気配に怯えてしまうし。
演じていないと、ばれてしまっても裏切られるのだろうと怯えてしまうし。
「……」
どう生きて行けば正解だったのかなんて、今更後悔も何もかもしてしつくしているけれど。
それでも足りないくらいに毎日後悔して頭の中でやり直して現実に戻ればもう後戻りもできない状態で。
「……」
もういっそ何もかも捨てて楽になりたいと思うけれど。
そんなことをする勇気も何もないので現状ズルズルと生きていて。
ただ毎日を怠惰に過ごして迷惑をかけているだけで。
「……」
毎日毎日。
まだ仕事は見つからないのか、また寝て過ごしたのか。
毎日毎日。
さっさと死にたい、けれどまた生きている。
「……」
「……」
「……」
――――ぱ。
と突然部屋の明かりがついた。私の部屋ではなく奥の妹の部屋。
レポートは終わったのかキーボードを叩く音はもうしない。
寝る準備でもするのかな。
「……」
私もさっさと寝直そう。
……この状態で寝れるかは分からないが。
お題:無知・キーボードを叩く音・演じる




