逆張りウィッチは裏目がち
逆張りウィッチは裏目がち。 寿義務じゅぎり
「お前の望みを叶えてやろう。望みは?」
あくまがそういった。
わたしは「運がよくなりたい」と答えた。
あくまはそれに返す。
「運のよさとはなんだろう。厳密にはどういうことかな?」
「ええと、くじで1等が出たら、うれしい。みたいな…?」
わたしはよくない答えをしたと、今では思う。
今振り返ってこう答えればよかったと思うのは、
「不幸でありたくない」だ。
もしくは、単に「幸運を。」と答えればよかったかな。
あくまが授けたのは希少性であって、幸福ではない。
ラッキーはハッピーとは限らない。
あくまは「よろしい。」と答えて消えてしまった。
ああ。そうだ、「友達になってよ」でもよかったか。
——それは流石にありがちか。
*
Q:魔法使いは現代に実在するか?
A:する。わたし。
小学生5年生の女の子、安藤きらは、は魔法使い。安藤という苗字は仮の名前で、アントワネットに由来があるとかなんとか…祖先が魔女裁判を受けていた頃に日本にやってきたとかなんとか。アントワネットさんが安藤さんに匿われたんだっけ?まあ、よくわかんないけど、よくわからないけどとにかく、わたしは魔法使いの血を引いていて、魔法が使える。
その辺の歴史について、よくわからないのは、わたしの家族はもういないからでもある。
「きらは様、学校のお時間です。」
お手伝いさんがわたしに話す。
「はいはい。ダブルーナ。」と唱えて、わたしは分身の魔法を出す。
「またですか。お嬢様が学校に行かなければ意味がないのでは」
「学校に行く意味なんてないもん。」
そういうとお手伝いさんは黙ってしまった。親じゃない。ただの雇われている人だもんね。強くいえないでしょう。
「スケルートン。」わたしは透明になる魔法を使って散歩に出かけることにした。
歩きながら考える。
わたしみたいな親を亡くした子供は施設に預けられるか、養子になるか、親族に引き取られるかするんだろう。
そうしないとその子は普通に死ぬからだ。
でもわたしは魔女だ。死なない。
あれ?じゃあなんで両親は死んでるんだ?とは思うものの、少なくとも餓死や病気や怪我は問題にならない。
食べ物を出す魔法や、病気を治す魔法、怪我を治す魔法は使える。
——それに。わたしは、特別運がいい。
運がいいというのは、そう、宝くじで1等を簡単に当てられる。みたいな。
ギャンブルは年齢的にできないが、その辺の大人を捕まえて、馬券やらを買わせれば解決する。
その人に莫大な資産を与えつつ。わたしの名義上の保護者になってもらいつつ。
わたしの生活費も、そんな感じでわたしが色々引けば稼げてしまう。
捕まえた大人がガチで散財しまくるヤバいやつだったら、魔法で拘束してやろうかと思ったが、
都合のいいことに、ある程度稼いだら、不干渉を決め込んだらしい。
習慣というものは不思議なもので、散歩コースは結局通学路だ。遅刻するまいと走る児童たちを横目にゆったりと歩く。
わたしは透明なので——いや、わたしが透明じゃなかったとしても別に友達はいないから無視されるだろうか。
分身も、たまに生身で行くわたしも、学校では無言で、テストでは魔法でがっつりカンニングして、何の問題もない。うん。何の心配事もない。
どうだろう。わたしは。自分の魔法の才能と、運の良さと、わたしの嗜好を駆使しまくって、結局、幸福なのだろうか?
*
あくまと出会う前のわたしは少なくとも、不幸ではあったと思う。
まず、親はいないし。転校前の学校では「魔女こわ〜」といじめられるし。
人体実験をしてくる科学者に捕まったこともあるし。
カラスと黒猫に襲われるし。
親戚のおじさんおばさんは本当に嫌だったし。もう。本当に。
思い出したくもないんだけれど。たとえば、「魔法を使えることを隠せ」と言われながら暴力を受けたことはあるな。
怪我がすぐに治って助かったのはそっちだろうに、今度は言葉でなじってくるんだからもう救えない。
*
透明になったら、アングラなところを歩くのが楽しい。
路地裏で男の人に襲われている女の人を助けたり、違法のハーブ的なものをうってる人の持ち物を燃やしたり、ネグレクトの家に不法侵入して無理やり子供に食べ物を与えて、匿名通報したり、
いってみれば、ヒーローごっこである。魔法少女きらはは趣味でヒーローをやっている。
ヒーローは孤独というが、わたしはこういうことをするときは常に透明でいるので、本当に感謝されることもないし、一人の力で解決しないことも全然ある。
こういうことをしていて思うのは、案外こういう、悲惨な目に遭っている人というのは、希少な存在ではなく、ありふれているということだ。
だからこそ、わたしは運が良くなりすぎたために、普通な悲惨な少女ではなく、一風変わった希少で悲惨な少女になったのだ。
*
今のわたしの生きる目的は、縁日のくじで当たったゲームをやることと、ヒーロー散歩と、あくまを探すことだ。
あくまは家に唯一残っていた魔法使いの本の最後のページにあった魔法陣からわたしが召喚した悪魔だ。
召喚魔法とは、悪魔界にいる魔物をその魔法陣の場所に瞬間移動させ使役するという魔法であって、あくまは召喚されなくてもあくま自身の意思で人間と契約を結ぶことがある。
わたしが使った魔法陣は一度使うと焼き切れてしまった。
だが、あくまが自発的に人間界に来て、人間と契約を結んでいるとしたら、その悪魔憑きの人間と会ってみたい。
魔法陣を使ったおかげで、わたしの運には一応これといってデメリットがない?が、
あくまの契約で契約した人間はどのようなコストを支払ったのだろうか。
不幸になってしまったのか。
わたしよりも上手く人生を生きているのだろうか。
きっとその人が、唯一共感できる話相手になれるのではないかという期待がある。
もしくは闇の帝王か。宿敵か。そのパターンだとしたら、わたしの大きな人生の目標になる。わくわく。
*
いま、違法カジノの元請けのヤクザの組長とか、実は裏で繋がっている大社長とか、大物政治家とか、軍事産業の重鎮とかが集まる会議の、会議室の隅っこに、わたしはいまーす(笑)。
(笑)じゃないな。
全員怖すぎる。あと日本なのに当たり前のように帯刀や、銃を構えているように見える。護衛はあるけど、武力を使わないことで信頼を得るとかそんなやつだろうか。
会議の内容は何言ってるか全然わからない。エロい格好しているバニーとかいるし、なんか酒の匂いとかタバコの煙とか…普通にあんまりここにいたくない。
うーんわたしは日本の闇的なものに触れているんだろうが、かといって、この部屋を燃やすことは正義だろうか?
正義かどうかは知らないが、わたしは透明とはいえ、刀で斬られたり、銃で撃たれる度胸はない。あと、人を殺す度胸もないよ。
通報でもしてみるか?多分揉み消されるんだろうなあ。
こいつらってあくまと契約してるかなあ?
社会権力から無視されていて、好き勝手やってるところはわたしと一緒だもんね。
ま、わたしは無視されてやりたいことが犯罪ではないんでね。一緒にされたくはないがな。
…不法侵入や賭博やヒーローごっこは法を犯してるなあ。それは別に罪悪感ない。
けど、学校行った時にカンニングするのはちょっとズルいかなあ…と胸の痛みを感じた。
*
「皆様ようござんすね」
あ。丁半博打やるんだ。
サイコロを2個ツボに入れて、偶数か奇数かを当てるゲーム。
まあ、普通の小学生なら知らないだろうが、わたしは当然知っている。
当然。
——ふと思いついたことがあった。
審判兼進行係の中盆の指示に従って、サイコロを振るツボ振り。に。わたしがなったらどうなるだろうか?
わたしはツボ振りの後ろに回って「アヤツール」と唱えた。
ツボ振りは気を失ってわたしが操れるようになった。
さて、わたしがサイコロを振ると…?
わたしはツボ振りの体を操りながら、中盆の指示に従い、ツボを使ってサイコロを振る。
怖い顔の人たちが「丁」とか「半!」とか言っている。
実は、丁半は基本的に確率が2分の1だから、あんまりわたしは得意ではない。
私の運のよさとは、可能性が低いことを当ててしまう。というようなものだ。
レース系は大体大穴に入れておけば1着になる。
くじの一等は、ハズレよりもニ等よりも確率が低い。
わたしはそういうのを当てる運がいいので、常に逆張りが正解なのだ。
だから丁半みたいなだいたい確率が一緒のものはあんまり上手くいかない。
——でも、わたしがサイコロを振る役なら、そしたらいつも、珍しいのが出ちゃうんだ。
「コマ(掛け金)が揃いました」「勝負」
「1、1 ピンゾロの丁!!」
関西では(1,1)と(1,6)の出目の場合には、どちらも役とせず、胴元の総取りとなるケースが一般的であった。ここのルールもそうらしい。
「何!?」「なんやて?」「ははは、珍しいものが見れましたな」
積まれた大金は合計で1億はあったかもしれないが、流石は裏社会のトップ、痛手ではあるだろうが、そこまで狼狽えてはいない。
胴元のヤクザも何だかバツが悪そうだ。
さて、もういっちょやってやるか。
わたしがサイコロを振ったところで、わたしの金が増えるわけじゃないが、重鎮の複数人の金を減らしまくって、胴元のヤクザはヤクザで、恨まれちまえ。
「2回目も…ピンゾロの丁…!?」
ざわざわ、と騒然とする怖い顔の大人たち。
「さ、3回目も…?」1、1がでた。
流石に、イカサマを疑われたのか、サイコロやツボを調べられたが当然何も出ない。わたしは振っただけで、そこに魔法すら使っていない。タネも仕掛けもない。
一通り調べが終わったあと、組長が振り、3、2とか1、5とか普通の目が出て、わたしに気絶させられたツボ振りも起きて、振ったら6、4。2、2が出た。
わたしはもう、隅の方に行ったが、なかなか重苦しい沈黙が流れ——結局、「伝説的な日になりましたな」と談笑して解散したようだ。
しかし、重鎮がそれぞれ一人になると、「くそ、とんだ災難だ」「絶対やってるよ」「荒れるな」
と、ダメージを受けているようだった。
わたしはそれを透明な状態で見て、ほくそ笑んだ。へっ。
——ふと、ツボ振りくんのことが心配になった。
どうせ彼も下っぱとはいえ反社だろと思わなくもないが、わたしのせいで責任取らされてやべーことになってないかな?
戻ったら案の定、殴られていた。
「何やってんだオメェ!!!」
「いや、オレもそんな、何も記憶なくて、偶然で…」
「だとしたら運が最悪だなあ!」
うわあ、先輩っぽい人がブチギレている。組長はその後ろで神妙な面持ちだ。
ヤバい。よな。指とか落とされるのかな。あの人。
「なぜイカサマをした?」
組長は冷静に、威厳のある言い方で訊いた。
「まさか、本当、あれはオレは何もしてないんですよ。だいたい、確認したじゃないっすか」
「確認の時、何が出たか覚えているか?」
「6、4 。2、2…」
「ピンゾロ三連」
あれ?
「は」
「お前、今日、丁しか出してねえな」
いやいやいやいや。いやいやいやいや。
「いやいや、偶然ですって」
「なら、もう一回振ってみな。何、確率的に半が出るさ。出なかったら…わかるな?」
「いや、組長、そもそも、うちは胴元、得してるんだから」
「オメエはァ!目先の金が信用より大事だとそういいてェんだな!!!?」
うわうあ。ヤバいヤバいどうしよう。
ツボ振りは震えながら、サイコロを手に取る。
息を吸い、吐き、周りを見渡す。
救いを求める顔だ。
周りの人は無視している。
ツボ振りはわたしを見えていない。だけど、虚空を向く目を、
わたしも、その目を見てつい目を逸らしたくなってしまう。
もし、指が切られたら、すぐ魔法でくっつけてあげようか…。
もし、半が出たら、万事解決だし…。
もし、もし…わたしが振ったら、また、ピンゾロ出ちゃいそうだし…。
ツボ振りは観念して、念仏を唱える。
そしてついにサイを振った__
*
「よう。またあったな。」
「あ、あくまだ。」
サイコロが宙に浮かんで止まっている。
わたしとあくま以外、全く動かないし、何も反応しない。
時間が止まっているみたいに。
「人生で1回悪魔に出会うだけでも相当な運の持ち主、まそれは不運かもしれないが。2回目とは流石だな。
さて、それじゃもう一回聞いてみるか?お前の望みを——」
「あ、じゃあ。あの人助けて。」
わたしはツボ振りを指さしてあくまに頼んだ。
「なんだよ。友達になれると思ったんだけどな。」
「あなたとは別に友達になる契約しなくてもまた会える気がする。だって、そういう人間は少ないでしょ?」
「そうか。ところで、魔法陣の召喚じゃないんだ。対価が必要だからな。」
「ええと、どうなるの?」
「具体的にはあくまが助けた人間の命はあくまのものになる。」
「じゃあ、わたしの魔法一つあげるから、その魔法で、救われた命は、奪われない…てことにできないかな?」
「ああ、それなら——よろしい。透明になれるやつを貰おうか。」
*
そのあと、あくまも、ツボ振りも見えなくなって消えてしまった。そのあとどうなったのかはわからない。
わたし?わたしは普通に歩いて帰ったよ?
ヤクザの違法カジノから小学生の幼女が襲われずに無事に帰れる可能性は、低いからね。
*
明日からは学校に普通にいかないと。
カンニングもできない。透明になれないからな。勉強…うん。勉強だー。
「おかえりなさいませ、きらは様。」
「ただいま。いつもありがとう。」
「は!はぁ恐縮でございます。」
お手伝いさんはきっと雨が降ると思っただろう。
はは、多分。槍だぜ……いや、冗談。
それにしても雨か…透明状態は雨で見破れるって、定番だよね。
知らなきゃ流石に、普通の人には気づかれないだろうけれど、わたしは雨の日、ツボ振りやあくまを探してみようと思う。
だから雨が降るまで、人にやさしくしてやろう。
ぼんやり教科書を開きながら
夕方のニュースを聞き流す。
今月は6月。降水確率90%だって。
『つむぎまち』という作品に登場する、琴吹紡麦が書いた小説作品という設定です。あああげ