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《短編》公爵令嬢にさせられた少女はゴリ押しで生きます

作者: エリマキマユゲ
掲載日:2023/08/13

「お母様、どこに出かけられるのですか?」


夜更け。

昼寝をしてしまったヴィオレッタはあまり深く眠ることができず、カタリという小さな音で目を覚ましてしまった。


そこにはきれいに化粧をし、立派なドレスを身にまとった美しい母がいた。

社交界でも有名な美女であったヴィオレッタの母は、すこし困ったように笑い、ごまかすようにストールから右腕を差し出すとヴィオレッタの頭を撫でる。


半分寝ぼけていたヴィオレッタであったが、深夜にもかかわらず異様な立ち姿の母の違和感を感じ取り、目が急速に覚めていくのを感じた。


「、、、、お母様?」


娘の目が驚きで次第に大きくなるのを見て、母のルーシアは、まだ5歳の娘には理解し難いであろう「事情」を語らなければならないと理解すると、観念したように目を閉じた。


「ヴィレ、今はおやすみなさい。この月が沈み暖かな日差しがあなたの眠るベッドにさしかかったとき、お母様があなたに話してあげますからね。」


母の優しそうな顔を見て、冴えていたヴィオレッタの頭は安心し、再び眠りに戻るためにまぶたが重くなる。コテンとベッドに沈んでしまった娘を見るも、再びヴィオレッタが目を覚ましたときに今夜のことをすべて忘れていてくれることを願ったが、「優しいお母様の隠し事」の一部を目にしてしまったヴィオレッタの記憶にはそれはしっかりと刻みつけられてしまった。




それから2年後ヴィオレッタは、連れてこられた屋敷と言うにはあまりにも荘厳で広大な敷地を前にして言葉を失っていた。


、、、、え!?す、すごい大きい!!!

これ、うちの、何倍の大きさなのかしら!!初めて見た人なら王宮と勘違いしてしまいそうだわ!

とってもきれいだし、、、。

私が今日からここに住むのね、

ツボとか割っちゃわないように気をつけなきゃ、、、。


貧乏男爵家の令嬢であったヴィオレッタが、王宮と見間違えるほどの屋敷に住むことになった経緯は、母のルーシアにあった。





「お母様は、、、父上の他に、旦那様がいるの?」


え、よくわからない。お母様は、お母様は、「公爵様を愛している」とおっしゃった。

父上のことは愛していないの?

娘の、私のことも愛していらっしゃらないの?


「そうよ、ヴィレ。

お母様は公爵様の「公妾」という立場なの。」


「こうしょう、、、?」


お母様は、父上と結婚したのちに公爵様と出会われて愛しあってしまったこと、

しかし公爵様には形ばかりの夫人がいらっしゃり、お母様にも父上がいたため、お母様は公爵様の愛人となるしかなかったことを話してくれた。


「ヴィレの父上もご存知のことよ。」


優しくて子供を産んでなお美しい顔と体型を維持しているルーシアにとっては、それはありえなくない話だったのかもしれない。


元々彼女は男爵家よりも身分が高い、伯爵家の令嬢だった。

男爵家のもつ領土を新しい事情を立ち上げるために絶対に手に入れたい伯爵家と、支援を受けたい男爵家には互いに必要な婚姻で、そこに二人の意志など関係がなかった。


ルーシアの美貌は確かに有名であったが、彼女には姉が二人いてそのどちらも美女であったことから、彼女の両親にとってはルーシアが良家に嫁ぐことはそれほど重要でなかったのかもしれない。彼女はそれを酷く恨んだこともあった。


情はあれど恋愛感情などあるわけではない。

ルーシアの美貌は辺境の男爵家も知るところであったが、彼のタイプは別にあったし、支え合い始めた矢先に妻が公妾となれば公爵家が男爵家に多額の支援をしてくれるといえばうなずくほかなかったのも事実だった。


しかし、幼く純粋なヴィオレッタにとってはそれは簡単に受け入れられることではない。


貴族の中では身分が低い男爵家で財政的に苦しい状況だったとしても、物語のように愛し合う夫婦というものにあこがれていた彼女には、大好きだった母親がまるで「悪者」であるようにうつってしまう。


ヴィレが、わからないのも当然のことだわ。

私がヴィオレッタに嘘をついてきたのだから。


いまにも泣き出してしまいそうな娘の顔を真正面から見つめながら、自分には傷つく資格はないのだとルーシアはテーブルの下に隠した手をギュッと握る。


そこからヴィオレッタとルーシアの関係はぎこちないものとなってしまったが、ルーシアも無理にヴィオレッタを納得させようとすることはなく月日だけが流れていった。それは、余計にヴィオレッタを追い立てた。


自分の母親は、この家に居場所を必要としていない。公爵様の隣にいられたらそれで満足なんだと思えてしまって、つまり、自分は母に求められていないと考えてしまったからだ。


決定的に日常が破綻したのは、公爵夫人が病に倒れたことがきっかけだった。

もともと病弱で社交界にもあまり姿を見せないまま、幼い跡取りの息子を一人残し散ってしまった公爵夫人の葬式は質素に執り行われ、そして「公爵夫人」の席が空いた。


ルーシアは公爵の強いすすめで公爵夫人となり、連れられたヴィオレッタは7歳にして男爵令嬢からそれは高貴な公爵令嬢として戸籍を移した。ただ、そこになんの悶着もなかったわけではない。ルーシアは公爵と出会ってから子供を産んではいない。それは戸籍的にははっきりしていてもどちらが父親かわからない状況を作らないためである。が、彼女が公爵家に入ってしまうと男爵夫人の座が空席になってしまうことになる。


それ自体はどうにかなる話であっても、次期男爵がいないとなると問題である。ここにきて男爵が新たに妻を娶って子作りをするのは現実的ではなかった。


だから話し合いを重ねた結果、将来男爵家を次ぐためにヴィオレッタの兄であるルイは家に残り、公爵家の令嬢として生きるためにヴィオレッタは母のルーシアともに家を出ることになった。


ヴィオレッタは自分を求めていないはずの母が自分を新たな居場所へ連れて行く理由が分からずにいた。しかし母が、跡継ぎ問題になると厄介なため公爵との子供は作るつもりがないと語っているところを盗み聞きしてしまった時に


私は公爵令嬢として他家に嫁ぐだけの道具なのね。


と悲しいながらに理解した。


名門の公爵家へのあこがれがないわけではない。どちらかというとヴィオレッタはそういったものに憧れが大きいタイプだったが、この状況でどう楽しみにすればいいというのだろう。


「ヴィレ、、、。僕が力をつけて必ず君を迎えに行くよ。」


黙ったまま暗い顔をして母についていくヴィオレッタを見た兄のルイは、彼女たちが乗る馬車が見えなくなるまで男爵家の前で静かに立っていた。





屋敷を一通り案内してもらってから、ヴィオレッタは一人で裏庭を散歩していた。

馬車でまる二日かかったこともあり、休んだとはいえヴィオレッタの体はガチガチだ。


うわあ、、、。それにしても裏庭までずっときれいだわ。丸一日散歩しても飽きなそう。

たしかに素敵なところだけれど、私の居場所があるわけではない。公爵様も、ご嫡男も、お母様も、みんな望まれてこの屋敷にいらっしゃるけれど私は道具になるために連れてこられたのだから。


それにしても、とヴィオレッタは思う。

前公爵夫人のことを、ご嫡男はどう思っているのだろう。


もしも、繊細な前公爵夫人が、夫に公妾がいた心労を苦にしていたら、

もしも、彼にそのことを責められたら私には謝罪することしかできないわ。


感受性豊かなヴィオレッタはそんな最悪の可能性を思いついて顔を青くする。

こんなときはいつもルイお兄様が優しく体を擦ってくださった。

お兄様の声は優しくて、安心した。


数年後ならわからない。

けれどもあと数年は絶対に声を聞くことはないだろう。

たとえ夜会であったとしても、どうして仲よさげに会話できるというのだろうか


そうだ、夜会では、私はどんなふうに映るんだろう。

母上はたしかに公爵夫人だけれど私に公爵様の血は流れていない。

男爵令嬢でしかないのに、いきなり公爵令嬢になった成り上がり?

偉そうにしてるなんて、陰口を叩かれたりするんだろうか。


思考が悪い方向にいってしまうとわかっても、精神的に不安定になっているヴィオレッタに元気は出ない。

ふらりと足がもつれて、あ、倒れてしまう、そう思って目をつぶったヴィオレッタの体を優しく何かが支え上げた。


「、大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございます、すみません」


前に転びそうになっていたヴィオレッタのお腹に腕を添え、手をとってくれる男の人。

誰だろうと顔を上げて、そのあまりの美しさに目を見開いた。


グレーの細い髪を横分けにして、その隙間から覗くグレーのまつげに暗い群青。真っ白い肌にヴィオレッタも滅多に目にしないような上質な布を身に着けた美しい少年。

それは彼が公爵家の嫡男である、ハシェミットであることを示していた。


「あ、は、ハシェミットさま、」


驚いたヴィオレッタは、体調も悪く青かった顔をさらに青くする。乾いた口もうまく回らない。

ハシェミットもまた、目を丸くしながら食い入るように目の前の美しい少女を見つめていたために、すぐに次の言葉をつげなかった。


本格的に頭がぐらぐらしてきたヴィオレッタが意識を失いかけているのを、手にかかる重みではっと気づいたハシェミットは、さっと彼女の全体重を支えるように腰にも手を回す。


「ここは日差しが強いから、、、あそこにある木陰まで運ばせてください。」


もうハシェミットが言ったことを理解できていなかったがただ彼女はコクリとうなずいて意識を失った。

それから15分が立った頃だろうか、ヴィオレッタはパチリと目を開けた。


横には読書をしている涼し気な美少年。

頭の下には公爵家の家紋がついたレースのハンカチが丁寧に敷かれていた。どうやら日陰に寝させられていたらしい。


それでここまでの経緯を思い出し、頭もスッキリしたヴィオレッタは自分の体調管理ができなかったせいでただでさえ嫌われているかもしれないご嫡男に迷惑をかけてしまったと顔を赤くした。


立ち上がろうと手をついたヴィオレッタに気づいたハシェミットは読んでいた本を慌てて閉じて、ヴィオレッタを支えるために立ち上がろうとする。

だが、ハッとしたように動きを止めると少しの苦悶のあと意を決してヴィオレッタに冷たく告げた。


「体調が悪いなら部屋で休んでいるべきだよ。

僕がいたから良かったけれど、あなたはもう少しで地面に倒れるところだったんだ。」


やはり呆れられていたのだ、とヴィオレッタは涙がこぼれそうになるのを必死で我慢する。

それも私が決定的に悪いせいで、迷惑をかけてしまった。


「ご、ごめんなさい、ご迷惑をおかけして、」


ハシェミットは再び青い顔になった彼女を見て、さっと少なくとも病人に言うことではなかった、と反省するが、簡単に優しい言葉をかけるわけにもいかず、苦さを感じる。


「、、いいよ。とりあえず、疲れているんでしょ、部屋まで送ってあげるから。」


冷たい表情をしているはずなのに、言っていることは親切で、そのギャップにヴィオレッタは少しだけ不思議に思う。てっきり怒声でも浴びせられるかと思ったのに。


しかし体調が悪いのは事実なので、迷惑をかけたくないとは思いつつもありがたく送ってもらうことにした。


彼女に与えられた部屋に送ったあと、自分の部屋で読書を続けるハシェミットはそのその内容がまるで頭に入っていないことに気が付かない。


男爵家からやってくるという少女の風貌は聞いていた。

淡いブロンドにゆるくウェーブをかけた、とても美しい少女だという。


そりゃあ父上がぞっこんになるような女性の娘なんだし、普通よりはきれいじゃなきゃおかしいだろうと冷めた気持ちだったハシェミットだったが本人を目にしてその認識を改めざるを得ない。

同年代の少女は大勢見たことがあるが、果たしてあんなに美しい人がいただろうか?


具合が悪そうにしていたが、それでも人目を引いて仕方ない美貌だった。きっと元気なときは頬に赤みが差して色白の肌に映えてそれは可愛らしいんだろう。今日触れて感じた体の細さだけはいただけないが、

あの人が自分の姉になるんだ。


その時感じた謎の小さな喪失感のようなものは、まだ誰も知らない。




具合が悪いというヴィオレッタに配慮して、彼女と公爵の対面は予定よりもずっと遅い夕食前の時間帯になった。


母からの紹介の後公爵と目を合わせたヴィオレッタは、凛々しい相貌の奥に潜む冷たい感情、背の高い彼から感じる高圧感に身を縮めた。

そしてほんのりとしかし固い決意をした。


わたし、決めたわ。目立たず、波風立てず、日陰で暮らしましょう!


ビクビクしていたヴィオレッタだったが公爵家で初めて食べる美味しすぎる食事に驚き幸福感を感じざるを得ない。その様子を他の3人がじっと見つめていることも気が付かない。

夕食を食べ終わり、公爵家の侍女たちに今までにない丁寧な扱いを受けて戸惑いながらも、部屋に一人になったヴィオレッタは急激に気が重くなる。


だってここにルイお兄様はいない。

私ばかりいい服を着て、いいものを食べて、まるでお姫様のように扱ってもらっている。

そしてここで味わった様々なことを、お兄様に伝える術はない。

もう言葉を交わすことさえできるのかわからない。


別れを惜しむ日まもなく公爵家に連れてこられたヴィオレッタは、あんなに慕っていた兄に会えないことにまた絶望して静かに涙を流した。

そのままその日は椅子の上で寝てしまった。





一週間が立つ頃、ヴィオレッタも屋敷に慣れてきただろうということで家庭教師がつけられた。

公爵令嬢らしく教養のある女性にならなければいけない。

いつか高位の貴族に嫁ぐために。


ヴィオレッタ自身に自覚はないが、その顔はルーシアに似て美しく動きは楚々として女性らしい。デビュタントを迎えて社交界に出たらすぐに求婚が殺到するであろうことは彼女の周りにいるものなら簡単に予想がついた。


男爵家では立派な家庭教師はつけられなかったが、所作や表情の作り方は母が教えてくれたため、幼いながらにヴィオレッタは深窓の令嬢と言うにふさわしかった。

本人はぼーっとしているだけのことが多かったが。


「ヴィオレッタ、家庭教師の先生がいらっしゃったよ。」


小さなテラスで紅茶を飲んでいた彼女に、ハシェミットが声をかける。

ヴィオレッタは義姉となるのだから、姉と呼んでほしいと頼んだが彼は呼び捨てで呼ぶのをやめない。社交界に出たときにそれだと怒られてしまうわと彼女は食い下がるが、二人でないときにはしっかりと姉様と呼ぶので諦めてしまった。


大体、血の繋がっていない少女をいきなり姉と呼ぶのに抵抗を感じるのもわかる。

姉とはいえ本当は立場は彼のほうが上だ。

もともと敬えなど強制するつもりはないのも本音だった。


「教えてくださってありがとうございます。」

「案内するよ。」

「え、、、?それは、」

「ヴィオレッタはまだ東棟の方はよく覚えていないだろ?

もし迷子なんかになって先生を待たせてしまったら恥をかくのは公爵家だからね。」


あ、、、それはたしかにそうだわ。

私がヘマをしないか見張ってくれているのね。

納得したヴィオレッタは有り難くハシェミットについていく。


「、、、。あの、もう大丈夫ですよ。ここを真っすぐ行ったところにあるあのお部屋でしょう?」

「いや、ヴィオレッタならここからでも迷子になるだろ?」

「流石の私でも真っ直ぐ歩くだけの道で迷いません!」

「まあまあ」



「えっ、ハシェミット様、なぜ入室、、、」

「だから、僕のことは呼び捨てでいいって何度も言ったよね?」

「う、すみませんハシェミット、」

(ご自分は姉様と呼んでくれないのに)

「それは僕も一緒に授業を受けるからだよ。」

「えっ?この授業はハシェミットは来年からでは、、、」

「そうだけど、ヴィオレッタが僕の先を行くなんてなんだか癪だしね、あとはあなたが粗相をしないか見張っているためだよ」

「、、、なるほど、、。」

「、、、(わかっちゃうんだ)」


なんだか、普通に生活していてもハシェミットに会うことが多い気がするわ。

なぜか一緒にお茶を飲むことにもなっているし。


どうしてしょっちゅう冷たい言い方をするのに、一緒にいてくれるのかしら。

私が、心細くなっていることをわかってくれているのかしら?

正直、このとても広いお屋敷に常に一人でいるのは怖い。


そしてこの屋敷に来て以来、母上と長くお話はしていない。

母上の部屋は公爵様のお隣りにあるし、行くのもドアを叩くのにもやっぱり勇気が足りないわ。

夕食の前と途中、ほんのすこし一日の報告をするだけ。とても事務的で母上は笑みを貼り付けたまま表情を変えない。私を連れてきたのは母上ではないの?なんて意地悪で非難がましい気持ちが出てきて、そんな自分が嫌になってしまう。


寂しい。

一人ぼっちだわ。

一人自室でうつむいていたヴィオレッタに、コンコンとガラスを叩く音がする。


不思議に思い耳を澄ませてみれば、それは首に何かをつけた白い鳥がヴィオレッタの部屋の窓ガラスを叩いていた音だとわかった。

なにかしら、、、?

窓を開けると、縁に乗っていた鳥は彼女に首に吊らしたものを取れというように頭を下げる。


「え?これは、、、。手紙?」


小さな小さな手紙が、紐に繋がっていたのだ。

ヴィオレッタは幼い頃、兄が自分に魔法を使って見せてくれたことを思い出す。


「お兄様!」


焦る手付きで慎重に鳥から手紙を外してやると、鳥は首をブンブンと振って部屋の中に入ってくる。

驚いたヴィオレッタの肩に乗ると落ち着いたようだったので、不思議に思いながらも彼女は椅子に腰掛けて手紙を呼んでみることにした。


ヴィオレッタ、

そっちの生活はどうだろう。

こちらは父上と静かだが和やかに暮らしているよ。

だけど少し、ヴィレが恋しい。

また手紙を書くよ、

ヴィレも返事を書いてくれないか?


ルイ・ブランシュ



「!!!お兄様なのね、」


兄は精霊使いだったのだ、ヴィオレッタは衝動的に涙を流した。

もう二度と会えないと思っていた兄と、少しでも言葉をかわすことができるなんて。


馬車で3日かかる道のりの間ずっと精霊を操るのは大変だったはずだ。

魔力もたくさん消費したに違いない。


そんなことをしてまで手紙を届けてくれたことがなによりも嬉しかった。

嬉しい、お兄様、嬉しい!

ヴィオレッタは公爵邸に来てから初めて安心して笑った。




お兄様、

お手紙をありがとう

公爵邸はとても広いですがすこし窮屈だわ

ブランシュ領がなつかしい

お兄様と二人で遊んだあの庭には

今はラリーが実っているのかしら?

パイをまた作りたいわ


ヴィレ


手紙をまた鳥の首に吊るしてやると、精霊はフフンと満足気に鳴いてまた夜空へ飛び去っていった。

心細くて寂しかった生活に、ほのかな光が見えた気がしてヴィオレッタは穏やかにベッドに沈んだ。



それから何ヶ月が立った頃だろう。ある日、ヴィオレッタは流行り病にかかってしまい熱に倒れた。

もともと外で遊ぶのが好きな方だったが、公爵家に来てからはずっと屋敷にこもりっぱなしで体力も免疫力も落ちていたのだろう。


最悪の事態が想定されたが、公爵が高名な医師を次々と呼び寄せたため、かは分からないが事なきを得た。


ずっとヴィオレッタの看病をさせてほしいと部屋に押しかけていたハシェミットがようやく部屋に入れてもらえたのは峠を越してから1周間が立った頃だった。


まだヴィオレッタには熱があり、時折うわ言を言っては苦しんでいた。

ハシェミットは彼女の手を握って早くよく治りますようにと祈る。ずっと一人でいたのに加えて実の母親と交流はなく父親からは重いプレッシャーを掛けられていた彼にとって、純粋で真正面から自分と向き合ってくれるヴィオレッタはなくてはならない存在になっていた。

そのとき、ヴィオレッタは夢でも見ているのか、パクパクと口を開く。


「る、ルイ、、。」


「えっ?」


ヴィオレッタから男の名前を聞いたのは始めただった。

少なくとも公爵邸に来てからヴィオレッタはルイという名前の人間と会ってはいない。

必然的にブランシュの土地で知り合っていたということになる。


それにしても、うわ言に出てくるほどの関係、

ハシェミットは胸にざわつきを覚える。

確か、ヴィオレッタには2つ上に兄がいたはずだ。ルイというのは彼だというのが自然なんじゃない?

名前は覚えていないが、


ヴィオレッタは彼と仲が良かったのだろうか?

公爵邸に来てからもう数ヶ月が立つのに?

窓の外ではざわざわと木が揺れていた。




数年たち、ハシェミットは士官学校に、ルイは後学のために遠い領地で数年過ごす予定だと手紙が来た。

その頃には大分ハシェミットとも打ち解けていたヴィオレッタであったが、やはりハシェミットがいなくなることよりもルイからの手紙が届かなくなることのほうがずっと悲しかった。


ヴィオレッタはもうすぐで16歳になる。

これからは覚悟していた通り、公爵家に縁をもたらす家に本格的に嫁ぐ準備をしなければならない。


すっかり保守的な性格になってしまったヴィオレッタは、今の居心地がいい訳では無いが変化がない生活が変わってしまうことに恐ろしさを感じていた。

しかし当然、このまま公爵家で一生を過ごすなんてことはありえない。


(そんなの、なんのために生まれて来たかわからない。)


もう母上とは何年も口を利いていない。

時折盗み見るその笑顔は、幼い頃散々見ていたはずの優しいものと変わらないはずなのに、別人のような気持ち悪さを感じる。なぜあんなに愛していたはずの母の笑顔を気持ち悪いと思ってしまうのか、自分に寒気がするももうどうでもいいかと言われたらそんな気がする。


私を連れてこないでほしかった。

今日もヴィオレッタは椅子の上で涙をこぼしながら、来ない手紙を待って眠る。


ハシェミットとルイと交流がなくなってから、ヴィオレッタは暇があるときに自分の魔力についての研究を進めた。

社会では女性が魔力を使うことはあまりいい顔をされない。


戦場で戦うのは男性で、魔力が多い女性はその魔力量を後世に引き継ぐことこそが役割とされていたからだ。ヴィオレッタが魔力を使うのは特別そのことに反抗するためではない。

しかし社交界にも必要最低限しか出席しない彼女は、今更自分がどう思われようがどうでも良かったし、広い公爵邸ならば場所次第で誰にもバレないだろうということは承知していた。


公爵邸に使用人は少ない。もちろん屋敷の規模の割に、という話であって一般的な上級貴族と比べると十分な数ではあるのだが、公爵家のものが使用人を見ることはないし使用人も決して屋敷のものに姿を見せてはいけない。


ヴィオレッタ付きの侍女はヴィオレッタが呼びつけたときや朝と夜、そして出かける準備をするときにしか姿を見せない。というかヴィオレッタが侍女を呼ぶなんてことはいまだかつてないため、朝と夜の二回の少しの時間だけだ。数人いる侍女を、ヴィオレッタはまるで機械人形のようだと思っていた。表情を動かすことはなく、完璧に役割だけをまっとうする。彼女たちが誰かと笑い合うところは想像しがたかった。


以前、ヴィオレッタはそんな彼女たちを恨めしく思い、

「なぜ私が思っていることを察せないのですか。」

と告げてみたことがある。ヴィオレッタのコルセットを締め上げていた侍女はほんの束の間目を丸くしたかと思うと、

「わたくしに至らないところがあったのなら謝罪いたします。申し訳ございませんでした。」

と懇切丁寧に謝罪した。静かに目を伏せて、逆らわない意志をはっきりと示していた。

ヴィオレッタは自分の八つ当たりに辟易し、そしてまたいつもの鉄仮面に戻ってしまった侍女との決定的な溝を感じた。


彼女たちはそういう仕事だから表情を出さないのではない。

私と必要以上に関わるメリットがないからだ。


誰とも深く関わらない。

いま、ヴィオレッタは本質的に一人ぼっちだった。

ここにお兄様がいたら何が違っていただろうか。


もしくは、私がもっと天真爛漫な性格だったら、母上にも、公爵様にも、ハシェミットにも、使用人の方々にもあの侍女にも愛されていたのかしら?

物語に出てくる、美しいお姫様だったら。


だれか迎えに来てくれたのかしら?

ヴィオレッタは時折そんなふうに考えるようになった。


ヴィオレッタは公爵家の図書館で魔力に関する本を読み、様々な属性があることを知った。

試行錯誤し、3日かけてヴィオレッタの属性が風と火と光にあることがわかった。

どうやら3属性に適性があるのは貴族でも珍しいらしい。


初めて自分に個性のようなものが見つけられた気がしたヴィオレッタは嬉しくなり、それからも自分の属性についての研究を進めた。


どうやら、魔力量はひと並みだ。魔力の操作で言っても特別器用というわけではないらしい。

男性が魔力学習を8歳頃から始めるのに比べたらもう16歳になる彼女は大分遅いはずだが、あくまで趣味の範囲でやることだ。ほとんどの場合非難されるだろうから誰かに見せようとも思えない。


ただ、もしもその可能性があったらお兄様の手助けをしたいとヴィオレッタは考えていた。

これから彼女が嫁ぐのなら、これまで以上に文通のやり取りは難しくなるだろう。

なにか方法があるのなら、と思って始めたことだった。



翌年、ハシェミットが公爵家に帰ってきた。

16歳になり幼い頃の面影をわずかに残すものの、社交界でも振り返らない令嬢はいないほどの美少年になっていたのはヴィオレッタを驚かせた。


ハシェミットは反射的に少し頬を染めるヴィオレッタを見て照れたように笑うと、

「ただいま、ヴィオレッタ。」

まるで自分が彼女に会えるのを心待ちにしていたかのように嬉しそうに言った。


ハシェミットは公爵家の次期当主のため必然的に騎士になることはできなかったが、それを知ってもなお騎士団からたくさんの勧誘が来るほどに優秀な剣の使い手でもあったらしい。


(それもこれも、ヴィオレッタにふさわしい男性になるためだ)


ハシェミットはようやく会えた愛しい義姉をうっとりと見つめた。

数年ぶりに会い、自分も成長したとは思うがヴィオレッタはそれ以上に美しくなったように感じてならない。


陶磁のような肌はさらに艶を増し、手足は細くスラリと伸び、唇にはつやめかしい朱色が差し、物憂げに下を向いたまつげからのぞく相貌はまさに絶世の美女と言うにふさわしい。

義姉を慕う彼は、ヴィオレッタが夜ごと涙していることなど知る由もないし、知ろうとも思わない。

誰だって、恋をしているときはいい意味でも悪い意味でも盲目なのだ。



ヴィオレッタはハシェミットが帰ってこようがこまいがどうでもいいと思うほどに心配なことがあった。

ルイからの手紙が来ない。


本当なら去年のうちに帰ってきているはずだったのに、流石に今年になっても手紙が返ってこないのはおかしい。ハシェミットが帰ってきてから半年以内には絶対に帰ってきていないと変なのだ。

もしかして、何かあったんじゃないか、そんな不安がヴィオレッタの胸をよぎる。


そのころヴィオレッタの魔力学習はかなりの高みにいた。

もともとの素質もあったのかもしれないが、それ以上に自分と兄を守れるのは自分しかいないという強迫観念が彼女を後押しした。今のヴィオレッタならば、騎士が怯むほどの攻撃と防御ができるし、神官顔負けの治療ができるはずだ。


ルイが求めるなら、今すぐ公爵家を飛び出しても構わない。

けれど、手紙が届かないならば、幼い頃ならまだしも拡大した領地をしらみつぶしに探し回るなんてことはできない。ヴィオレッタは毎日祈ることしかできなかった。



それから、数ヶ月が立った頃だった。

ヴィオレッタは、兄は忙しいために数年前にしていた妹との文通など忘れてしまったんだろうと思うようになっていた。何か問題が出て遠い領地にいるのかもしれなかった。


一度、母に問い合わせてもらおうかとも思ったが、前の夫に連絡を取ることに公爵様がいい顔をするとも思えなかったしそれ以上にあの母の顔が恐ろしかった。貼り付けた笑みがいつか真顔に変わってしまうのではないか、そう考えてヴィオレッタは近年まともに母の顔を見ることができていない。


夕食が終わり、公爵が口を開いた。


「ヴィオレッタの婚約のことだが、」


自分の名前が出てきたことにヴィオレッタは内心飛び上がってしまうほどに驚き、魔力学習をしていることがバレたのではないかと恐怖したが、婚約のことならばそろそろ話される頃だろうと考えていたため安堵のため息を気づかれないように吐いた。


どこであろうと、育ててもらったのだから嫁ぐつもりだ。

昔は安全だと思ったこの屋敷は、暗い記憶の象徴になってしまった。

ここから連れ出してくれるのならば、もはやどんな相手だろうとどうでもよかった。しかし出てきた名前はヴィオレッタが唯一除外していた人だった。


「ハシェミットがいいと思うが、どうだ?」


え?


ハシェミット?


なぜ?

どうしてそれを私に聞くの?


聞くのなら、私じゃなくてハシェミットのはずでは、

脳内をそんな疑問が駆け巡ったとき、ヴィオレッタは公爵家の人々がみんな自分を見つめていることに気がついた。それぞれ、期待と、幸福と、安心を顔に浮かべて、


ヴィオレッタが私で良ければ喜んで、なんて言うことを当たり前だというように微笑んでいた。


ゾッと、ヴィオレッタに鳥肌が立つ。

もしかしてずっと前からそのつもりだったのだろうか?

ハシェミットが帰ってきたら私と婚約することはずっと前から決められていたことだったのか。


誰かに聞こえてしまいそうなほど大きい鼓動を感じながら、ヴィオレッタは震える唇がバレないように口を開く。

「は、シェットはよろしいのですか?こんな私が、、、」


「ヴィオレッタ!!」


間髪を入れずにハシェミットは頬を染めて満面の笑みを浮かべる。

今のは、承諾の意味があったか?

ヴィオレッタの混乱と焦りなど他の三人は気づかない。


「よかったなハシェミット、」

「幸せになってね」

「ありがとうお父様お母様。しあわせになろうね、

ヴィオレッタ。」


幸福感が満ち溢れる食堂。

私だけが別世界にいるようなのは、私が嬉しくて呆然としているだけなのだろうか?

どうして?

ようやく出られると思ったこの屋敷で、私は死ぬのだろうか。



滞りなく婚約までの準備は進められた。


とくに支障がなければ一年後、ハシェミットとヴィオレッタは結婚するらしい。

そして明日はその第一歩となる婚約式が開かれる。

なんでもハシェミットたっての希望で親族と、親しくしている貴族家だけを招いた小規模の式だそうだ。


「ヴィオレッタが横から奪われていくなんてこと、あったらたまらないからね。」


ヴィオレッタは当初、ハシェミットと結婚するなんてたまったものでないと絶望していた。

理由はひとえに、この屋敷が嫌だったからだ。


しかしハシェミットは記憶とは正反対に紳士で、純粋にヴィオレッタを愛したし、

「うっかり好きになってしまわないようにわざと冷たく接していた」

とこちらが胸をいためるほどに謝罪されれば、ヴィオレッタも次第に心を開いていった。

ハシェミットであれば、彼女が頼めば屋敷を変えてくれることもありそうだ。


自分以外の人だけで計画された結婚に嫌悪感もあったが、それも丁寧に謝罪され、恥ずかしげに愛を伝えられれば、ヴィオレッタだって仕方ないなんて思えるようになっていた。


ある一点を除いては、全ては順調に進んでいたように思えた。





「ついに明日だね、ヴィオレッタ。」

17歳になったハシェミットはヴィオレッタの隣に腰掛ける。

ヴィオレッタは夜空を見上げることがすっかり癖になってしまったとは気が付かないままそうねと微笑んだ。


明日はヴィオレッタとハシェミットの婚約式だ。

これからは公爵家次期当主の婚約者としての振る舞いが要求される。

男爵令嬢から公爵令嬢になるよりは容易いだろうとヴィオレッタは比較的前向きに考えていた。


心配事があるとしたら、やはり兄のことだった。

無理やり納得したとはいえ気にかかってしまう。

そんなことを考えていたヴィオレッタはハシェミットが上機嫌にワインを飲むのを横目で見て、はっと息を呑む。


もしかして、

今なら、お兄様について聞けるのではないだろうか?

文通をしていた引け目もあり男爵家のことを口に出すのは控えていたヴィオレッタだったが、今までにないほど上機嫌で酒も入っているハシェミットならば多少の失言も許してくれるのではないだろうか?

ドキドキするのを自覚しながらも、彼女はなるべく自然にハシェミットに尋ねる。


「あの、親族を招くといったけれど、お兄様もいらっしゃるのかしら?」


「ん?ああ、、、お兄様って、ルイ・ブランシュか。


彼なら流行病で亡くなられただろ?」


ヴィオレッタが自然に尋ね、ハシェミットも自然に答える。

自然に、自然に。ヴィオレッタは微笑んだ表情を崩さないように神経をとがらせながらも、あくまで自然に返事をする。


「あら、そうだったかしら?」


「まあ、ヴィオにとったらもう何年も顔を見ていないものな。」


「たしかにそうね。」


「まあ責めないであげてよ。体調が悪くて手紙もかけなかったんじゃないかな。」


ヴィオレッタはええと微笑み、そしてそのまま静止した。

自然に、自然に。


ヴィオレッタは、一番愛していた人がなくなったと知った今ですら、自由に泣くことができない環境にいるのだと理解した。


その夜、自室に一人になった彼女は、疲れ切っていて何もできないことに気がついた。

疲れているのが、今日だけのことか、それともこの人生にかは分からなかった。


ヴィオレッタはいつもの窓から、今日も手紙は来ないのだろうかと待ったあと、一人部屋を出た。

あてはなかった。


部屋の外には明かりを持った侍女が一人いた。

驚いた顔でこちらを見つめ、とっさになんて声をかければいいか分からなかったようだ。


ヴィオレッタと侍女が決められた時間以外で会うのは初めてだった。

侍女は謝罪しようと口を開いたようだった。


しかしその前にヴィオレッタは侍女に尋ねた。


「あなた、私のことが嫌い?」


侍女は恐怖した。

なぜそんなことを聞くのだろうか?

興味をなくしたヴィオレッタは、侍女が彼女を静止するよりもはやく闇に消えた。


彼女は図書館にやってきた。暇があるときはいつも魔力学習を一人していた場所だった。

思い返せばここにいるときが一番楽しかった気がする。

何度も呼んだ本の背表紙に手を添わせて、ヴィオレッタはハシェミットとの会話を反芻した。


違和感を感じていた。

なんの違和感だろう?



「体調が悪くて手紙もかけなかったんじゃないかな。」



なぜ、かれが手紙のことを知っていた?

精霊が私の部屋の窓に来るところを見ていたとして、それがお兄様からのものだとわかるはずがない。

送られてきた手紙の裏に返事を書いていたから私の部屋に手紙は残っていないし、直ぐに返事をしたから私以外に手紙の内容を知る人はいない。


なら、どうして?

屋敷のずっと前で待ち伏せしていたなら、あるいは。


ヴィオレッタは自然に踵を返した。

ノックしたのはハシェミットの部屋だった。


「え?ヴィオレッタ、、、どうしたのこんな遅くに?

まだ朝じゃないよ。ハハハ」


半分夢の中なのか愛しい人を見られて幸せなハシェミットはぼんやりと笑った。そんな愛あふれる会話も、いまのヴィオレッタにとってはイラつきを溜めるばかりだ。


ヴィオレッタが無表情で、さらに無言で部屋に押し入ろうとするのもハシェミットにとっては可愛らしい行動だった。


「だめだって、ヴィオレッタ、せめてこういうのは婚約してからじゃないと、、、。」


ヴィオレッタは一発、魔力を込めてハシェミットの腹を殴った。

それで大分スッキリはした。

ハシェミットは、くぐもった声を吐くと床にうずくまった。なにがあったか理解できていないようだった。


「ハシェミット、聞いて。」


ヴィオレッタは倒れてよだれを垂らしているハシェミットの襟口を掴んで引き上げると上から微笑んだ。


「あなた、お兄様からの手紙を取っていたの?」


ハシェミットはまだ何があったかわかっていないようだった。

ヴィオレッタは苛つき、適当に男を床に放り投げると、手当たり次第に棚や引き出しを引いていった。


机の二番目の引き出しの中にそれはあった。兄の優しい字が綴られていた。

その数、20通ほど。

返事が来なくても、手紙が抜かれていたのなら妹は受け取ってくれているはずだと律儀に手紙を送ってくれていた。


遠くの領地からでも魔力を工夫して届けてくれていた。

返事をしていたときよりは頻度はずっと落ちていたけれど、しっかりと近況と返事がないヴィオレッタを心配する旨が綴られていた。


そして最後の手紙には流行病にかかったため、手紙を書けるのはこれが最後であろうこと、ヴィオレッタの幸せを祈っていることが書かれていた。

ヴィオレッタは震える腕に水滴が落ちて、自分が泣いていることに気がついた。


涙をそっと拭った彼女は転がっている男に火魔法でとどめを刺すと、続けて夫妻の寝ている部屋へと向かった。

小さいときはあんなに遠く、恐ろしく思えたあの部屋はこうしてきてみるとなんて小さく質素なのだろうか。


それともこの万能感のせいだろうか?

扉の前には魔力の防護壁がかけられていた。


そういえばハシェミットの部屋の前にもあった気がする。


しかしヴィオレッタにとってみればそれは大した問題ではなかった。

多い訳では無い魔力が削られるが、人を殺すのに大量の魔力量が必要でないことは先程わかった。



そのまま入室し、気配に鋭い公爵が目を覚ました。


なぜ義娘がここにいるかわからないというように困惑の表情を浮かべたまま、首をはねられた。

ヴィオレッタは返り血を浴びたあとで、この人は死ななければならないほどに悪いことをしだろうかと疑問に思い、兄に申し訳なく思ったため光魔法でぎりぎり命が永らえる程度まで治癒をした。それでも頑張ったほうだった。


一度死んだ人間が生き返るかどうかヴィオレッタにも自信はなかったが、彼女の光魔法は他の属性のものよりもずっと魔法の高みにいたようだった。これがあれば兄を生き返させられるだろうかと一瞬考えたが、それにしてはあまりにも多くの時間が経ちすぎていたようだった。


次に彼女は母親を起こした。

それは何年ぶりに目を合わせたのだろうか、

母親は小じわがある普通の中年の女性だった。


ヴィオレッタは驚きで目を丸くして言葉を失っている母親に言った。


「私のことを愛している?」


母親は言葉に詰まっていた。

彼女自信、自分にとってあれほど愛おしかった娘をいまもまだ愛しているか分からなかった。

その間だけで返事には十分だった。


ヴィオレッタは涙が溢れたことに気がついたが、それが母に愛されていなかったなどではなく、兄を失った悲しみがぶり返しただけだともすぐに分かった。


公爵に致命傷を与えてしまったため、母親に何もしないのはフェアじゃないのではないとヴィオレッタは思った。

魔力の残りが少ないような気もしたが、二度と無理やり笑わなくても良いように顔から右腕にかけて火魔法をかけた。苦しみがないように一瞬で肌を焼いた。


イメージ通り魔法を使えたことにより、ヴィオレッタは自分の魔力学習がかなりの高みにあることに気がついた。





そのあとヴィオレッタは兄の遺体を探しに行ったが、そこに男爵家はなく、ふたりとも流行り病でなくなったため別の貴族が領地を治めようとしているところだと話を聞いた。


遺体はどこにいってしまったのか分からなかった。


ヴィオレッタを知らない男爵家の使用人は、長男の方は変に魔力を使っていなければ体力的に生きていたかもしれないのとヴィオレッタに話してくれた。







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― 新着の感想 ―
[一言] ヤンデレは両想いでないと成立しない。母親がやっちまった感があるなー。もっと直接的に、かつ早めに娘と関わってれば。 まあ、でも、男どもの方がやらかしがデカいか
2024/09/29 15:03 退会済み
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