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女房カーストは最下位でいいです

ザワザワ……


眩しい……


煌びやかな宮廷


笑いさざめく美女の群


その中でも一番際立って輝いて見えるのは……


徳子さとこ「よく来てくれましたね、忠子。今日からこの飛香舎ひぎょうしゃで、思う存分働いてちょうだいね」


絶大な権力を持つ右大臣・藤原友周(ともちか)様の一の姫君の徳子様。

帝のお妃に選ばれて、ここ飛香舎に住むことになった。飛香舎は後宮でも特に身分の高い方が住まわれるお屋敷で、庭に見事な藤の木が植えられていることから通称藤壺って呼ばれてる。


今日から私、ここで女房として働くんだ!


 ▽名前を入力してください



(……などと、乙女ゲー風に始めてみました。だけど現実はこんなに綺麗には始まってません!)


 * * *


「お荷物が届いてません!」

「この行李はどなたのでしょう?」

「前にここにお住まいだった方の持ち物らしいんですが、処分していいですか?」


いつの時代も引っ越しが大変なのは変わりがない。

徳子のみならず女房たちもここに部屋をもらって暮らすことになる。衣装や化粧や贅沢品など、物の多い女たちの引っ越しとなれば阿鼻叫喚だ。


当事者である貴族はのんびりし、使用人だけが忙しく立ち働く中で女房らしき娘が一人、若い男を呼び寄せる。


「ちょっと、そこの人」

「すみません、手が離せな……はっ! ははーっ、何なりとお申し付けください!」


眩しく照り輝くような麗人に呼び止められ、下人は一瞬でヘロヘロの骨抜きになった。


「疲れてしまったわ。お部屋に案内して」

「はいっ、はいっ、はいぃ、すぐに。して、お部屋はどちらでしょうか?」

「はあ? お前は馬鹿なの? あたくしが、案内してと言ってるのよ。把握していて当然でしょ」

「そう申されましても、我々部外者でして」


職員が明らかに管轄外のことを尋ねられ、答えられないのを責められるという理不尽は今も昔も変わらないらしい。

いかにも気の強そうな美女に見下されながら怒鳴りつけられてちょっと嬉しそうに見えなくもなかったが、忠子は慌てて見取り図を手に駆け寄った。


「あの、すみません! こちらに部屋割あります!」


忠子は学校の特別教室に行くにも迷うレベルの方向音痴だ。

宮廷はもちろん飛香舎の中でも迷子になるのは目に見えていたから、あらかじめ理知の協力を得てマップを作っておいた。

ついでに人の名前はともかく顔を覚えるのは大の苦手だから、部屋割にご芳名も書いておいた。


派手な顔立ちの全方位美女が苛立ちを隠さずこちらに顔を向けた。現世だったら間違いなくカースト最上位で読モとかやってるタイプだ。


標準装備の同性スカウターで忠子を上から下までチェックし、一瞬の判定で「勝った」と確信したのは見下した表情と女同士のカンで分かったが、自分より下がいるなどと思ってもいない忠子は気にしない。


むしろ変なライバル意識とか持たれるなら女房カースト最下位でいい。女の争いに巻き込まれるとか絶対無理。


(お父さん、お母さん、平凡な感じに産んでくれてありがとう)


「初めまして。わたくし、伴忠子と申します。よろしくお願い申し上げます」

「ああ。お前が物語女ね。噂は聞いています。あたくしは藤原ちづ。父は近江守です」


近江守藤原家と言えば官位は低めだが非常に裕福なので有名だ。

「近江で稼いできた財力をフル活用して一代でのし上がると思うよ。意味分かるね?」

「?」

「つまり、実入りのいい国の国司になって私的な税を取り立てて私腹を肥やし、そのお金を湯水のように贈賄に注ぎ込んで出世するってこと! 常識デショ」

とは理知たかちかの言葉である。

二十一世紀の分かりやすい言葉で言えば悪徳領主や悪代官だ。


「ちづ様ですね……あ、ここのお部屋です」

「忠子様ー! 図面を見せてください!」

「はーい、今行きます! ではちづ様、ご機嫌よ……」


あちこちで何度かこんなことをしているうちにすっかり頼られてしまった。

案内を任せ、マップを手に身を翻そうとして……


「きゃっ!」


ドテッとマンガのような音を立てて見事にすっ転び、顔面から思いっ切り床に突っ込んだ。

まず確かめたのは顔より眼鏡だ。大丈夫、壊れてない。


(うう、憧れの女房装束重い、脱ぎたい。もはや拘束着だよこれ……装備で敏捷力が下がるってこういうことなんだなあ)


徳子姫からいただいた着物を理知の全身コーデで着て来たけれど、十二単は二十キロあるという。今は仕事着だからかなり簡略化されているものの十キロはあるんじゃないだろうか。


「あいたた……」

「慣れぬ高級衣裳はさばきにくうございましょ? お気をつけあそばせ」


一転して丁寧な言葉遣いになったちづは緋袴の中で忠子の表着うわぎを踏んでいた足をそっと引っ込めた。


周囲は静まり返り、凍り付いている。嫌がらせに気づいていないのは当の忠子だけだった。

下級とは言え貴族の娘が御所の中で派手に転倒させられるという屈辱を味わわされたのだ。

泣き叫び、大騒ぎになっても不思議はない……


「あはは!」


そんな緊張感の中、忠子は明るい声を立てて笑った。


「いきなり失敗するとか、笑うしかないじゃないですか。お見苦しいところを見せてごめんなさい、ちづ様、皆様」


皆が固唾を飲んで見守る重苦しい雰囲気を、忠子の屈託のない笑顔が一瞬で消し去った。

今度は毒気を抜かれた沈黙の中、さあっと吹き込んだ五月の爽やかな風が藤の香りを運び薄紫の花びらがひらひらと舞う。


「わあっ、晴れましたね。綺麗!」


忠子の声に皆が庭へと顔を向ける。

雲の切れ間から射す光に照らされて、満開の藤が風にそよぐ様は桜にも負けない美しさであった。


その美しい光景に比べ、すっ転んで着物が肩からずり落ちた忠子はあまりにも無様ではあったが、周囲の者が一目を置いた瞬間であった。



 * * *



「忠子様、ここにいてください。お聞きしたいことがあったときは我らが伺いますから」

「いやあ……さすがにまた転んだりしませんよう」

「忠子様、こちらのお荷物はどなたのでしょう」

「これは藤原の紋ですね。藤原家に連なる姫君はこの方とこの方ですから、本人たちに聞いてみてください」

「忠子様、今度はこっちをお願いします。凄い漢字で読めなくて」

「あっ、これ鏡文字です。左右逆になってるんです。魔除けかなあ」


いつの間にか忠子は中心に据えられて周囲は作業をする人々が入れ代わり立ち代わりで賑やかになり、女房たちもこれから働くことになる同僚たちとの部屋割が気になるのか集まってきた。


初めに話しかけてきた女房は周囲と比べ少し年が行っていて、意志の強そうな目鼻立ちのこれまた美人だった。


明式部あけのしきぶよ。女官暮らしは長いから、ここの仕切り役になるわ。分からないことがあれば聞いてちょうだい」


明式部を皮切りに、キラキラ女子たちが一斉に忠子を取り囲む。


「わたくしは佳子と申します。あの……痛くなかったですか?」

「初めまして、わたしとも仲良くしてくださいましね」

「手際がよろしくていらっしゃるのね」

「図面を持参なさるなんて、本当に機転の利かれること」


(はわわ! 転校初日に「え、俺何かしました?」でモテまくる男主人公の気持ちー!)


一人ずつに明るく挨拶を返していたが、内心は冷や汗たらたらであった。

女房にはそこまで身分の高くない女子もいるにはいるが、間違いない。


(うちはぶっちぎりで庶民だ)


彼女らの家では使用人がしていたような家事雑事を、全部自分でやっていたから実務に強いだけだ。

特に機転が利く訳ではない。


(でもお嬢様揃いの中だったら、私みたいなのが一人いた方が便利だよね)


貴族は燭台の火を灯すにも人を呼ぶような生活と聞くが、火のつけ方も知らず誰か来てくれるまで暗闇の中でじっと待つような暮らしは正直耐えられない。


(やっていける気がしてきた!)


前世でも今生でも庶民であることを活かして、しぶとく逞しく生きて行こう。そう決意した瞬間であった。


読んでくれてありがとうございました!


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