物書きというのは業が深いもので
「や、やはり盗作の罪でですか……?」
「いや、違うよ」
即座の否定にホッとはしたが、ならばそれこそなぜだろう。
他に、地獄行きになるような罪状に心当たりはない。
「作り事で人心を惑わせた罪」
「え……つまり、物語を書いたことそのものが罪なんですか?」
篁は曖昧に笑って頷いた。
「地獄って仏教概念に基づいてるんだよね。仏教は悟り、つまり何事にも心を動かされないのを至高としてるから、人を感動させたり面白がらせたりするのも罪になるんだ」
「……理屈は分かります。無茶苦茶だと思いますけど」
乱暴に言えば仏教の神髄はすべての執着を捨て無になることだ。
突き詰めれば自分の子供を可愛がるのすら、個への執着とみなされて罪になるのである。
「紫式部もこっち来てるよ」
忠子も源氏物語に心惑わされたうちの一人だ。
生き生きと描写された魅力的な登場人物たち、心惹かれてやまない宮廷の人間模様。
夕顔の儚い死に涙し、六条御息所の嫉妬心に恐れを抱き、源氏の浮気に苦しむ葵や若紫の境遇に同情し、長じては何度「源氏サイッテー」と呟いたことか。
(でも……それで作者が責めを受けるなんて)
読書での思い出深い感動。マンガ、アニメ、ゲームもそうだ。
ドキドキした経験、納得いかなかったモヤモヤすらも自分を形成する大事な経験なのに、その想いが生みの親を責め苛んでいるなら切ない。
「あの……一体どんな責め苦を受けているんですか」
「書いても書いても〆切が終わらない無間地獄で書き続けてる。本を出せば出したでクレームいちゃもん誹謗中傷の手紙がどっさり、全部に目を通しての返信が義務……」
「ひいいいいいいいい! 恐ろしい! 恐ろしいっ!」
最後まで聞けず悲鳴を上げてしまうが、篁はイマイチ分かっていない呑気さだ。
「そうは言ってもさ、彼女、極楽にも行けたのに断ったんだよね。あの人が書いたものはそれ以上に多くの人の心を救ってるから」
「それはまた……どうしてですか?」
人は死ぬと、生前の罪業について十回の取り調べや裁判を受ける。
最終判断は七番目の役所で下されるが、八番目以降は再審が行われるのだ。
極楽往生が叶わなかった亡者たちはここでどうにか覆そうとするものだが、紫式部は再審を蹴った。
『わたくし、紫式部の文学は苦悩の文学っ! 書き手にも登場人物にもストレスがなきゃ書けないの! わたくしだって光源氏と何の問題もない姫君が平和に結ばれて幸せに暮らすほんわかロマンス書きたかったわよ、でも書けないものは仕方ないのよー! 楽しいことばかり書ける清少納言が羨ましい! 妬ましいっ!』
作家性の違いである。
『極楽なんか行ったら一行だって書けないわ。それはわたくしにとっての地獄っ!』
「……とまあ、こう言ってね」
「業が深くていらっしゃいますね」
「でも作家なんてそんなもんなんでしょ? 知らんけど」
(でも……そうだよね。私だって初めて二次創作に手を出したのは……)
満たされない状態は、創作のエネルギーとなる。かなり強烈な。
思い出すのも恥ずかしい、自分をモデルにした少女がヒロインの夢小説。
容姿にも恵まれず華やかなところもない地味な自分への癒しとして書いた。
もし可愛くてモテていて、リアルが充実していたら大量の本を読んだりヲタク趣味に走ったりはしていなかったかもしれない。
「辛いことがないと書けないっていうのは、少し分かります」
「ふーん……?」
思い通りにならない現実への抵抗としての創作というのは、古くからあるはずだ。
「でもそれと私が地獄に連れて来られたのと、何の関係があるんです?」
「直接の関係はない」
「はえ?」
声が裏返ってしまった。
「さて閑話休題。冥界十王って知ってる?」
「はい。亡くなった人を裁いて死後の行先を決める裁判官の皆さんですよね。秦広王、初江王、宋帝王、五官王、閻魔王、変成王、泰山王、平等王、都市王、五道転輪王……」
「さっすがあ、よく知ってるね」
閻魔王は閻魔大王とも呼ばれ地獄のトップと思われている節があるが、実は五番目の裁判官に過ぎない。
忠子の即答に篁は上機嫌で手を叩いているが、忠子の表情は微妙だ。
「調べましたから」
「物語のネタとして?」
「いえ個人的な興味で」
篁が悪いわけではないのだが、つい受け答えが素っ気なくなってしまう。
前世の記憶を思い出した後、輪廻転生について調べまくった。
なぜなら忠子の魂を二十一世紀の平凡な会社員から平安時代の貴族に生まれ変わらせると決めたのはこの方々なのだから。
しかも本来はされるはずの記憶消去も不完全。
ツッコミどころ満載のこの転生に、一言申し上げたくはあった。
(でも……)
前世と今生をよく考えて思う。
(今の方が幸せ、かも……)
前世だって不幸だったわけではない。
冴えない容姿とヲタク趣味のせいで陰湿ないじめや品性下劣なイジりという名の名誉棄損の標的になって苦労はした。
だがそれ以上に、常にハマっているジャンルがあって充実していた。日々のヲタ活と週末を楽しみに中堅企業で働いて、贅沢はできないなりに自由にできるお金もあった。
凡庸な自分の身の丈に合う程度の幸せは得られていたと思う。
ひとつだけ決定的に違うのは、理知の存在だ。
前世では恋愛に縁がなく、彼氏いない歴イコール年齢だった。
いつだって恋する推しや作品はあったけれど。
(今だって彼氏ってわけじゃないけど、けど……!)
片想いだが恋はしている。
この人が好きだと思える生身の人間が身近にいて、コミュニケーションを取れるのがどんなにかけがえのないことか。
好きな人を心に想う温かさや切なさは、恋を知らなければ絶対に感じられないものだ。
「……恋する女の子は可愛いねえ」
「えっ? 何かおっしゃいました? すみません、ぼんやりしてました!」
「ううん、独り言。それより物思いのお邪魔をして悪いけど、そろそろ到着するよ」
「えっ……はい」
紫雲の向こうに霞んでいた大宮殿が、すぐ目の前に迫っていた。




