その頃の男衆
(なんでやねん! なんでやねん! なーんであの子がおらんねん!)
またもや訳あり貴公子に変化して忠子たちが調査に訪れた館に入った壬治だが、確かに一緒に門をくぐったはずの忠子がいないのだ。
男とカラスに用はないので、姿を見せず聞き耳を立てる。
あの邪魔くさい幼馴染みとやらの焦った声が聞こえてきた。
「文車太夫?! 今までそこにいましたよね?」
「何かの術が発動した気配があったっス!」
「どこかに連れ去られたってことですか?」
(なんや、普段雑に扱っとるくせに慌てるんかい)
「分からないっス! 非認識、つまり実はすぐそこにいるのにお互い見えないし声も聞こえないとか、そういうこともあるっス!」
もう一人の暑苦しい男は陰陽師らしい。肩に止まっているカラスはすました顔をしているがあれも妖だ。
纏う神気がそこそこ輝いているからそんじょそこらの小妖ではない。もしあれを式神として使役しているなら相当の術師と見ていい。
壬治も神通力は持つが術の類はさっぱりだ。殴れば大体は片づいてしまうから雑な生き方になるのは仕方がない。とりあえず彼の説明に耳を傾けることにした。
「術を解けないんですか? 破邪の術とか呪い返しとか僕でも耳にしますけど」
「多分できるっス! 術ってのは系統立ってるんで、大体どんな術師でも手の内は一緒っス!」
胸を張る陰陽師に一度は胸を撫でおろした理知だが、続く言葉に渋面を作る。
「要は何がかかってるかを分析するのが九割、それが分かればあっという間っス」
「……つまり、まずはどういった術か調査するところから始めろと?」
「話が早いっス、流石は中務省の若手きっての切れ者っスね!」
(だからこそすぐ分析はされんように偽装したり術式に罠仕組んだりするんやけどな)
以前、とある呪いに引っかかったときに順和に説教された内容である。
「どうも、それでは陰陽寮の若手きっての辣腕陰陽師殿におすがりいたしますよ」
兼続のは素直な賛辞だが、理知のは半分嫌味だ。
なす術なく忠子を攫われたのに腹を立てている。それは壬治も同じだ。
壬治にも解呪はできない。ここは闇雲に動くよりも術師に張りついて情報を拾っていき、出し抜くのが得策だろう。
「喧し、静かにせえ」
身の程知らずにもこちらの隙を伺っていた小さな妖物は、壬治が苛立った小声とともに指を弾くとあっけなく爆発四散した。
「遭遇しそうな小物ぐらいはどつき倒しといてやるか……」
* * *
「じじいの霊圧が消えた」
「猫に取り憑かせた乳狂いか」
護摩壇が赤々と燃え続ける板の間にどっかり胡坐をかいた道摩はふいと視線を上げて鼻をひくつかせた。
「術を解かれたか封じられたか……成仏させられたってことはあるまい」
言葉とは裏腹に道摩は面白そうだ。
花蛇は無表情のまま静かに立ち上がる。すべての動きが蛇が滑るようになめらかなこの男は衣擦れの音さえひそやかだ。
「どこ行くよ」
「文車太夫を迎えに行く」
おっぱいへの執着でこの世に留まった霊とも言えない欲情の残滓を猫に取り憑かせ、ここまで連れて来させる手筈だったのだ。
解呪されたにせよ封じられたにせよ失敗には違いない。ならば自分で動くしかない。
「お前さんにしちゃ行動的じゃねえか」
花蛇は答えなかった。
葵祭のときのように逃したくはない。
屋敷に踏み込んだのは忠子の他に男二人。片方は式神を連れた陰陽師、もう片方は前にも見かけた。
忠子のことを調べ上げるときに身元も割れた。
藤原理知。忠子の幼馴染み。まだ夫ではないが、いずれそうなるのだろう。むしろなっていてもおかしくはない年齢だ。
だが、まだそういう話すら出ていないと聞く。
「俺がもらっても構わないんだろ」
覚え込んだ複雑な構造の館をすり抜けながらひとりごちる。
自分にとって忠子は十分すぎるほど魅力的だが、あの男の家柄と能力ならもっと条件のいい女がいくらでもいるはずだ。
あるいは、将来有望と見込んでどこかの有力貴族に婿にと引っ張られる可能性も大いにあり得る。
そうなった場合、調べ上げた忠子の性質からすれば多数いる妻のうちの一人に慎ましく収まるだろう。
どうしても後回しになってしまう扱いに文句ひとつ言わず、夫と正妻を立てる身の程を弁えた賢く大人しく、限りなく都合のいい愛人の鑑。
「俺がもらう」
自分の愛し方は少し特殊だが、あれは頭のいい女だ。
時間をかければきっと分かってくれる。いや、分からせる。しつこさには自信がある。
そして受け入れてくれたときは。
(死んでもいい)
死と引き換えの快楽を思い描いたまさにその瞬間、廊下の突き当たりに朱色の姿が現れた。
「ひいっ?!」
ぐったりとした猫を抱き、凍りつく忠子だった。
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