邪悪なイケメン再び! 蛇だからしつこいぞ
すべてが変わっていた。
一度瞬きをしただけ。周囲の風景は一切変わっていない。それなのに、明らかに世界ごと違ってしまっているのがはっきりと感じ取れた。
異界に忠子一人だった。
(ここどこ?! 嘘、帰れるの?! 皆どこ?! 無事なの?!)
圧倒的な危機感と恐怖で叫び出しそうになる。
「た……っ」
呼びかけようとして躊躇した。こういう場所で人の名前を呼ぶのはタブーだ。
(大丈夫、私、まだそれぐらいの冷静さはある)
だとしてもどうしていいかまったく分からなかった。
遭難した場合は下手に動かず救助を待つのがいいと聞くが、ここは雪山ではない。
途方に暮れたその時だ。
にゃぁー……
か細い猫の鳴き声が聞こえてきた。
(小福ちゃん?)
おかしくなった後の何だか不気味な声だが聞き覚えがある気がする。
忠子が姿を消したなら、理知も兼続も本気で探してくれるのは分かっている。有為羽もその知識で二人を助けてくれるはずだ。
だが猫がキーになっているなら接触しなければ話にならないだろうし、そもそもここには小福を探しに来たのだ。
(動かない理由がない。それを知り尽くしてるんだろうけど……、やっぱり行かなきゃ駄目だよね)
胸元を押さえて大きく深呼吸し、気合いを入れ直すと声が聞こえた方へと歩き出した。
* * *
雨戸を閉め切った板の間の一室に、護摩壇が設えられ火の手が上がっている。
両袖を広げた形で衣桁にかけられた被衣を、木壇の火が妖しく照らしていた。
葵祭で海賊の蛇使いに持ち去られた、忠子のものである。
護摩は元々は供儀、つまりいけにえの儀式だったと聞く。
そう思って見れば着物は両手足を広げた格好で縛りつけられた女の姿そのもので、青年の秀麗な薄い唇を愉悦の笑みが彩った。
身につけていたものはあくまでも代用品だ。早く持ち主をこんなふうに飾って思う存分愛でたい。気弱さと気丈さが同居する女が恐怖に泣き叫ぶ声が聞きたい。
「文車太夫……御所の人間だったとは……」
せしめた被衣の仕立てや布地から蛇のごとき執念で身元を辿り、忠子のことを調べ上げたのだ。
小さな体のくせに着物の上からでも圧倒的な質量が分かる乳房は、大きいだけでなくきつく縛り上げられても引っ張られる布地に負けない弾力を誇っていた。
二の腕や腰、太腿もいい。今思い出しても縄が適度に食い込む肉付きは最高としか言いようがない。
すんなりのっぺりとした体型の方が上品とされるが、あの凹凸がはっきりとした身体つきがたまらない。
後ろ暗いところとは無縁そうでも、女そのものの悩ましげな体つきと少女の幼げな顔立ちの取り合わせの娘というものは存在自体が何とも罪深い。
子供を放っておけない輝くような正義感と、非力さの噛み合わない滑稽さを思い知らせて無力さに泣かせてやりたい。
暗い愉悦に浸る蛇使いの後ろで、闇が揺らめいた。
「よお、花蛇。上手いこと目的の女が引っかかったようじゃあねぇか。しかしお前ぇみたいな色男が見初めるにゃあ随分と地味なお嬢ちゃんじゃあねえかい」
「俺にとっては虞美人や楊貴妃にも勝る絶世の美女だ。道摩殿と俺では趣味が違う」
「へえへえ」
ぼさぼさ頭に薄汚れた法師姿のこの男は裏社会で道摩法師と呼ばれている術師だ。
安倍晴明と同時代に陰陽法師として活動していた蘆屋道満の生まれ変わりとも道満その人とも囁かれている。
「で? あのお嬢ちゃんかっ攫ってどうするんだい」
「南へ行く。筑後か、日向か……」
「京を離れるのかぃ」
「ここまで来ても冬は寒い。雪は嫌いだ」
花蛇は蝦夷の出身である。寒さから逃げて西へ西へと落ちていく流れ者だ。
「筑後も日向も雪は降るぜ」
「それなら天竺へでだって行く」
「……お前ぇも蓬莱へ行きてぇのか」
誰言うともなくついた花蛇という通り名に相応しい繊細な美貌を微かに曇らせ、青年は知らず二の腕をさすった。
布地越しでも分かるざらざらとした手触り。
幼い頃からむしってしまえば治るのではないかと何度も何度も剥がして血を滲ませた鱗が二の腕から背中までを覆っている。
ランポを騙した海賊の鱗は鮫皮を膠で貼りつけた偽物だったが、花蛇のものは本物だった。
にゃぁー……
遠くからか細い猫の声が聞こえる。
「首尾よくやってくれよ……」
出自の複雑さを物語った儚げな表情は消え失せ、冷酷な微笑が取って代わった。
獲物を待つ大蛇の笑みだった。
読んでくれてありがとうございました! しばらくは二日に一回~日刊の更新になりそうです。
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