幕間・今度こそ、会いに行きます
「いよっしゃあああああ! 千載一遇の好機到来や! 今度こそ、今度こそ会えるんやなあ、愛しの眼鏡巨乳ちゃん」
遠見の鏡の前で壬治は会心の雄叫びと共に飛び上がってビクトリーポーズを決めた。
いつものごとく勝手知ったる人の館でだらけ切り、寝そべって爪の手入れをしていた順和はツンとそっぽを向いてもう振り向きもしない。
「あっそ、気をつけてね。また返り討ちに遭わないようにね」
「返り討ちちゃうわ、因縁つけられただけやねん」
* * *
先日、壬治は湯治に行った忠子のところへと喜び勇んで飛んで行った。
(いないとなんか物足りないけど、いればいたで余ってる。それが壬治なんだよなあ……)
退屈になった順和も遊女に化け、温泉地へ行って豪遊して来たが、土産を持って顔を出したら血まみれの壬治が見るも無残な姿で転がっていたのだ。
「壬治?!」
変化の術を保つこともできず竜の姿で、角は片方折れ左腕もない。艶やかな鱗も無事なところの方が珍しく、牙や爪の跡で正に満身創痍だった。
悲鳴とともに駆け寄ると、とりあえず息はあったどころか憎まれ口を叩く。
「おん……どこ行っとった、なんでこないなときだけ側におらんねん……」
「一体どうし……いいや、後で。じっとしてろよ」
床に流れた血痕の量はおびただしく、普通の生き物だったら出血多量で死んでいる。
一声叫んだ後は口調こそいつものローテンションだが、順和の顔色はその壬治よりさらに真っ青だ。
「……順和ぁ……」
「喋るな、ギリギリ塞がってる傷が開くよ」
「俺は負けてへんでぇ、なあ、俺強いやろ、順和あ……」
会話になっていない。ほとんど目も耳も機能していないのだ。
(それなのに私のことだけは分かるとか、そういうとこだぞ!)
「本当に強い男は喧嘩なんかしないんだよ」
「俺に愛想が尽きたんやなかったんやなあ……」
「え……?」
そう言い残して昏睡状態に陥り、半年近く意識が戻らなかった。
壬治の向かった方角の妖に聞いたところ、霊虎の縄張りの上空を横切ろうとして大喧嘩が勃発したという。
三日三晩戦って勝負がつかず、絶海の孤島にもつれ合って墜落したそうだ。
よその妖の縄張りや人里に被害を出さない場所に落ちるあたりは、両者一応は神獣としての分別を弁えていると言っていいのだろうか。
発見してしまった以上死なれては寝覚めが悪いと、親友のよしみと言うには過ぎた甲斐甲斐しさで壬治の看護をした。
その甲斐あって、瀕死の重傷が跡形もなく完治したのだ。
* * *
「あー、顔も治っとって良かったわ……あない酷い顔じゃ好きな子ぉの前になんてよう出られへん」
そして再び趣味の良い直衣を着付け、鏡に向かって髪を整えている。
額から右耳へと虎の爪で抉られて、一時は眼球も損傷していたが綺麗に治っていた。
「誰のお陰だと思ってるんだよ」
「ほんまおおきに。恩に着る」
深海にある壬治の館に入り浸ってはいるが、順和は火山生まれの火属性の竜だ。
土から生じた火は生命力を司る。マグマのような順和の血が、ほぼ壊死して消滅を待つばかりだった壬治の命の火を再び灯したのだ。
それどころか細胞を活性化させ、欠損部も元通りに再生している。普通なら三年はかかる怪我だ。
「はいはい、そう思ってるならさっさとあの子落としなよ」
「幼馴染み推しやなかったんかい」
「片想いに陶酔する壬治もいい加減見飽きた」
「せやな。そろそろ決めんと、次はいつ機会があるか分からへん」
忠子が暮らす内裏はある程度以上の身分のある者ではないと入れない。
神の末裔とされる帝がお決め遊ばしたことは強力無比の咒となり、妖にも結界として作用するのだ。
それがある以上、壬治にとってはまさに一日千秋の想いで待った千載一遇の好機。
これを逃すとは思えない。
「ま、頑張りなよ」
「どこ行くねん」
早速出かけようとした壬治の脇をすり抜け、順和も冷たい海水に身を浸す。
「二人きりがいいだろ」
「待てや、おい」
壬治の声がゾッとするほどの凄味を帯びる。
なぜかは分からないが、この声を聞くと自然と唇の両端がつり上がってしまう。
無表情と微笑みのちょうど中間で凍りついたこの表情を見る度、壬治が怯んだような顔をするのが焦れったくも誇らしい。
「蜜月にお邪魔虫する趣味はないから」
「……おん」
そのまま黙るかと思いきや、壬治は底意地悪い顔で笑って見せた。
「連れてこられた先に女狐みたいなのが居座っとったら、か弱い女の子は怯えてまうもんなあ。あの子はお前と違て純情やから」
「言ってなよ」
純情かどうかは分からないが、自分よりずっと素直で性格が良さそうなのは分かる。
壬治は気が利かないから、人間の女の子が異界で暮らすのにないと不便なものなど分からないだろう。しばらくしたらそういうものを手土産に覗きに来ればいい。
「じゃあね」
「こらあ! どこ行くねん! 親友の恋愛成就お祝いする気はないんか、薄情者おおおおお!」
背後で叫んでいるのを無視し、生まれ故郷の火の国へと続く門を開いて身を躍らせた。
振り向かずに。
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