心霊物件凸って女房の仕事なんですか?!
昼間ではあるが、何となく建物の周りがどんよりしている気がする。
曇っているというだけではない暗さだ。
霊感のない自分でさえ微妙に寒気がするのだから、相当の心霊スポットなのではないだろうか。
(超展開来ちゃった……これあれだよ、YouTuberの心霊屋敷に凸しますって企画だよ……)
加茂兼続と有為羽、そして忠子と理知はボロボロになった屋敷の前に集結していた。
人見知りの有為羽にとって、いかにも隙のない役人然とした理知は苦手なタイプのようだ。カラスに変化し、式神の振りをして兼続の肩に止まっている。
「なんで僕まで」
「この廃屋、中務省の管轄なんっスよ。陰陽寮の人間だけで入るには手続きに時間がかかるんです」
そう、中に入らなければいけないのだ。
この、人が住まなくなってだいぶ経ちそうなお屋敷に。
板塀が崩れた部分から覗く庭は草ぼうぼう、塀だけでなく屋根もところどころ壊れている。
本来白いはずの壁には雨が染みを作り、じっと見ていると顔のように思えてくる部分まであった。
元は大貴族が住んでいたであろう大きな邸宅。
つまり探索しようと思えば部屋数が多いということだ。
(ううう……なんでこんなことに。いや分かってる、分かってるけど、いざ本物見ると恐いよう)
* * *
織子はしばらくの間、徳子の祖母のいる尼寺で預かってもらうことになった。
とは言えそろそろ東宮妃にと目されている織子だ。出家のためではなく、現役の尼僧から仏門の厳しさを諭して思いとどまらせてほしいという父の思惑である。
女房たちが右往左往している間に、小福の姿が見当たらなくなってしまったのだ。総出で探し回ったが見つからない。
時代が下れば遺失物や行方不明者は警察だが、この時代は陰陽寮の管轄である。
陰陽寮へ使いをやると、有為羽がしれっと言ってのけたのだ。
「あの猫? この前、飛香舎に行ったときから妙な気配がしたから探査虫を張りつかせてたんだ。大当たりだね」
小福は一条通りから奥まった路地にある廃屋に入って行ったという。
それが、今目の前にあるお屋敷なのだ。
「さっさと済ませましょう、兼続様。忠子は引きずって行けばいいです。ほらおいで、始めるなら早い方がいい。暗くなってまで作業したくないデショ」
それは恐い。
じりじりと迫ってくる日没に戦々恐々としながら屋敷の中を彷徨い歩くのを想像したらそれだけで寒気がした。
「そんなに恐いなら帰る?」
グズグズしている忠子に、理知の冷たい言葉が飛ぶ。
心無い言い方に兼続はギョッとしたようだが、忠子の心は逆に引き締まった。
「……行く。行くよ」
本当に嫌なら牛車に乗る前に断っていた。
陰陽寮の占術では猫に何某かが取り憑いていると見立てている。
よく思い返せばあの人面猫、小福の顔の上に人の顔が二重写しになっていた。
『卜占では姿までは見えなかったっス。顔を見てるのは文車太夫だけっス』
そう言われれば行かないわけにはいかない。
ねこま御前を操ったのもそいつかもしれないし。
(織子様……)
あの快活な少女を深く傷つけたのがあいつだとすれば、とっちめてやらなければ気が済まない。
「大丈夫っスか?」
「はい、頑張ります」
「こうなった文車太夫は肝が据わってますよ。参りましょう、兼続殿」
「あっ……ハイ」
「カア(この人、おねえさんのことに関していちいちマウント取りたがるよね)」
なぜか微妙に得意げな態度に兼続は面食らい、有為羽が化けたカラスは一声鳴く。
人語に聞こえていないのは理知だけだが、雰囲気は伝わったようでおもむろに睨まれている。
* * *
屋内は荒れ放題というわけでもないものの、空き家特有の荒んだ空気に満ちていた。
「元は某中納言の別邸だったところだよ。権勢を誇ったけれどひと月ぐらいの間に一族ほとんど死に絶えてしまってね。この有様だよ」
「たった一ヵ月で?! 何があったの?」
某中納言と暈してはいるが調べはついているはずだ。理知のことだから、亡くなった人の名前と大体の外戚関係も頭に入っているだろう。
「その時期に麻疹が流行ってたって記録が残ってるから、それだろうね。でも呪詛だなんだと騒ぎ立てられたせいで買い手も付かず、取り壊そうとしたら事故が起こったとかでそのままになってるんだ。事故の方はちゃんとした記録がないんだケド」
「陰陽寮は何も言わなかったんっスか?」
「呪詛だと言い出したのが時の陰陽頭ですよ」
「何かスンマセン……」
きっぱり言い切られて兼続が自分は悪くないのに委縮してしまう。理知は相変わらず、ナチュラルにやり込めるような言い方をする。
「で? 噂通りの事故物件ですか、ここ?」
「あるかなしかの微かな妖気っス。でも……厄介っスね。死霊か生霊かの区別がつかないっス」
陰陽師がそう言うなら相当面倒なのだろう。
「や、や、やっぱり死んでる人と生きてる人では除霊難易度が……?」
「はい。生霊は立場ってもんがありますから」
霊魂とはそぐわない言葉を聞いた気がする。
「た……立場?」
「除霊しても本を断たなきゃ何度でも甦りますし、あんまり面目丸潰れのやり方したら心霊方面で助かっても社会的に死んだりします」
「社会的な死」
「単純に強いのは怪異化した死霊、つまりは怨霊っスけど。生霊は難しいんっスよ」
あちこちの部屋を覗きながら奥へ進んでいくと、一際立派な装飾を施した巨大な板戸があった。
「開かずの間って雰囲気ビンビンっスね」
「開けますか?」
「開けないわけにいかないっス。ちょっと下がっててくださいね」
罠感知の類だろうか? 口の中で何事か咒を唱えはしたが、その後は思い切りが良すぎるだろうという勢いで板戸を引き開けた。
「きゃっ……?!」
その途端、屋敷が大きく鳴動した。
「忠子!」
反射的に差し出された手を握ろうと伸ばした手が空を切った。
「きゃああああああっ!」
足元が抜けた感覚があった。
視線を切ったらいけないと本能で察したのに、思わず目を閉じてしまった。
「理知あああ!」
すぐ側にいるはずの理知に、叫びが届いたかすら分からない。
真っ暗な闇に飲み込まれた感覚だけが、あった。
近隣住民に迷惑をかけるのはご法度ばってん、廃墟探索動画は結構好きで見ていたりするとです。
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