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生き写しの娘こそ亡き母の生きた最大の証

忠子は徳子さとこと二人で牛車へと乗り込んだ。低速で進む車の中で、徳子が口を開く。


「登和さんの話が本当かどうかは分からないわ。でもお父様のことを考えるとあり得ないとは言えないの。恋多き人だったそうだから」


使用人に主の手が付くのはよくある話だ。忠子だって少し前までは、理知のお手付きになるのを目論まれていたわけだし。


(それにしたって、同時期に二人の女性を妊娠させるってどうなの)


「お母様も既に亡くなられている今、わたくしが産まれたときのことを知っているのはおばあ様だけなの」

「その方は今どちらに?」

「出家して、春然院しゅんぜんいんにいらっしゃるわ」


暫し重い沈黙が流れ、牛車の軋む音だけが聞こえる。


(何か……何かお話して、お気持ちを少しでも軽くして差し上げなくては)


話題を探し車内をくまなく見回してやっと、徳子が小さく震えているのに気がついた。思い切ってその手を取ると儚げな呟きが零れる。


「……忠子、怖いわ」

「徳子様……」

「さっきの話が本当なら、どうしたらいいの……? 少なくとも主上おかみの妃である資格はないわ……」

「……ッ!」


血統を重んじる貴族社会で、生母の身分が低いのは致命傷だ。

もし乳母の実子であるのが真実なら、そのような娘を入内させたという過失で右大臣にも咎が及ぶ。


そのことを頭で理解してなお、先ほどの振る舞いは気高い強さと優しさを併せ持ち、臣下にとって理想の皇后様の姿だった。


「お気をしっかり持たれませ」


緊張で冷え切った手を握る指に力を込める。


「……っ、徳子様は誰よりも中宮に相応しい方です! さっきの弘徽殿の女御様や登和さんに対する態度は大変ご立派でした」


徳子は今、自分を形作るすべてが崩れていくかもしれない只中にいる。

そんな少女を支えるのに自分は役者不足も甚だしいと分かっているが、忠子は熱っぽく続けた。


「それに今も。右大臣家の権力であれば、ただもみ消して聞かなかったことにしてしまうことだってできるのに、徳子様はまずご自分で真相を確かめようとしていらっしゃいます。直接お車を出したのは、右大臣様がおばあ様に口止めをするかもしれないと思われたから……違いますか?」


真っ白だった徳子の顔に、薄っすらと血の色と笑みが戻った。


「忠子は何でもお見通しなのね」

「徳子様なら、真実と向き合うことを選ばれると思いましたから。……それがどんなに恐ろしいことだったとしても」


薄い笑みが崩れて、不安で一杯になった頬に涙が零れる。


「そう、そうよ……本当のことを知らずに過ごすなんて嫌。そう思ってすぐ動いたのに……今になって怖くなってきてしまったの。知らない振りをしていた方が良かったんじゃないかって、後悔してる……」


ここから引き返すこともできる。勧めるべきだろうかとも思うが、それは徳子の清冽な生き方にそぐわない選択だと確信できた。


「……おばあ様のお話を伺うまでは何も分からないのですから、考えるのは一旦止めましょう」

「そう、そうね……」

「到着するまでの間、おばあ様のことを話していただけますか?」



 * * *



牛車がたどり着いたのは、小ぢんまりとはしているが生垣などもよく手入れされた尼寺だった。


訪いを報せに行った下人が老女を伴って出てくる。

かなりの高齢だが品の良い身ごなしの尼僧は牛車から降りた徳子を見るなり、涙を流して手を合わせた。


「おばあ様?! どうなさったのですか?!」

「あ、ああ、ああ……? 徳子? 徳子かえ?」


潤んだ目を何度も瞬かせ、徳子の顔をまじまじと見つめる。

傾いてきた西日がちょうど後光のように射していたから、まるで観音様を見ている気分だったかもしれない。


「そうです。ご無沙汰して申し訳ありませんでした。お体の具合でもお悪いのですか?」

「まあ、まあ……お陰様でまだ元気ですよ。でも……今、あなたがあまりにも信子にそっくりで……信子がお迎えに来たのかと思ったのです」


懐から出した手拭いで涙を拭い、今度は満ち足りた笑みを見せた。


「本当に生き写しだわ。一番綺麗だった頃の信子が生き返ってきたよう」


野山に春が来て雪が融け、草木が芽吹き始めたたように徳子の緊張が解れていくのが分かった。


「どうして突然? 何か心配事でもあったのかえ? おばあ様に何でも話してごらんなさい」


首を傾げて問いかける老女の仕草にもどことなく品があり、徳子と似たところがあった。孫を想う心からの思いやりに徳子も手を取って応える。


「何事もなく元気です。突然お顔を見たくなってしまって。今日は物語を書くのが得意な女房を紹介しようと連れてきたのです」

「は、はじめましてっ! ともの忠子ただこと申します! きゅ、宮中では文車太夫ふぐるまたゆうと呼ばれておおおりますっ!」


「まあ、噂は聞いていますよ。文庫を作っているのですってね。よろしければこちらの蔵書をお譲りしますよ」

「本! ああああ、ありがとうございます!」

「さあさ、二人とも入って頂戴」


尼僧に伴われて小さな尼寺へとお邪魔し、三人は暫しの和やかな時間を過ごしたのであった。

今年分の更新納めです。来年一発目は新春企画です!

愛読してくださった皆様、本当にありがとうございました。


もしよろしければ、一番好きなエピソードに「イイネ」ば押していただけたら参考にするとです!

ついでにブクマ、ポイント★付けてくれると励みばなります。


来年もよろしくお願いします。

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