気高き怒り! 帝の妃に相応しいのはどちら?
室内は正に水を打ったような沈黙と、ピリピリとした緊迫感に包まれた。
その中で麻儀子がわざとらしく耳の後ろに手を当てて訊き返す。
「はあ~? 今、何と申された?」
「くだらない」
相手を馬鹿にしようという悪意に満ちた芝居がかった口調を一刀のもとに断ち切った徳子の声は、対して澄み切った日本刀のような清廉さを持っていた。
その態度のどちらが美しいかなど一目瞭然である。
麻儀子は怒りで顔を真っ赤にし、唇は歪み目がつり上がった。
「開き直る気か。赤ん坊の取り換えなど右大臣家のためには些細なことと、そう言うのか? それとも証拠などないと高を括って……」
「あなたのことを言ったのです、麻儀子様。卑劣で、くだらない人」
冷たく言い放った徳子は衣擦れの音を引き連れて静かに立ち上がった。
人前で立つなど淑女としてあるまじきはしたない振る舞いではあるがその仕草はあくまでも優雅で、麻儀子は見下ろされて怯む。
「身寄りを失ったか弱い娘一人を見世物のように大勢の前に引き立て、そればかりか罪人のように問い詰める。何人たりとも、本人には何の罪もないことでこのような辱めを受けていいはずがありません」
義憤を心に宿した徳子の怒りは熱く、周囲を圧倒した。
それでいて物腰はあくまでも玲瓏。新雪を纏った霊峰火山のような佇まいだった。
「心ある人間ならば……まして主上の妃たる者、決して行ってはならない蛮行です。恥を知りなさい!」
(そうだ。麻儀子様は表立って徳子様を攻撃できないから、代わりに登和さんをいじめてるだけだ。こんなの八つ当たりだよ!)
登和はと見れば驚きに目を見開いて徳子を仰いでいる。その頬を一筋の涙が伝った。
そのときに確信した。
(この人も……、多分お母さんも、誰かに庇ってもらったことなかったんだ)
赤ちゃんのすり替えが本当かは分からない。
しかし右大臣家を去った後、母子が相当苦労したのは想像に難くない。
乳母は、右大臣家で何不自由なく養育されている姫の本当の母は自分だと。
登和は、自分こそが藤原家の正当な姫だと。
真実なのか、生きていくためにそう思い込んだ幻想なのかは分からないが、苦しい中を生き抜くためには何かしらの支えが必要だったのだろう。
驚愕したままの登和に向ける徳子の目は優しかった。
「登和さんと言いましたね」
「は、はいっ!」
「何かしらの援助ができるよう、お父様に話してみます。悪いようにはしません。おうちはどこですか? 帰りはこちらの者がお送りしましょう。……麻儀子様も異論ございませんね? わたくしの“いもうと”なのですから」
否とは言わせない迫力があった。
「すっ……好きにされればよかろう」
「ま、まあ、皆様? 宴もたけなわではございますが、麻儀子様は次のご予定もございますから、そろそろお開きとさせていただきたく」
「好きになさればよろしい」
瑠璃子の上擦った宣言をぴしゃりと切り返したのを合図に、忠子たちも立ち上がる。
「登和様、こちらへどうぞ」
明式部は登和の手を取って立ち上がらせようとしたが、登和は激しく首を振って固辞した。
「いけません! 私に触れては、穢れが移ってしまいます!」
「そう言われてきたのですね。大丈夫、私たちには徳子様が付いていらっしゃいます。ご覧なさい」
安心させるような笑みで促されて徳子の方へ目を向けると既に御簾は上げられていて、凛とした立ち姿が登和の目に飛び込んだ。
圧倒的な気高さを持つ、光り輝くような美貌。
その姿からは先程麻儀子を一喝したのと同一人物とは思えないほどの慈愛が溢れていた。
「あの方の前では、穢れの方から逃げ出しますよ」
* * *
明式部の指示で、まずは御所の右大臣へと第一報の早馬が飛ばされた。
続いて登和を無事に送り届けるための手配も速やかに済まされる。
「そこまでやるとは思いませんが、念のため護衛もつけました」
企みが頓挫した今、口封じまでは行かなくても脅しぐらいはかけるかもしれないとの言外の配慮に徳子は頷いて、忠子に向き直る。
「明式部、あなたは先に帰ってお父様に詳しい報告を。忠子は一緒に来てちょうだい」
「はい! どちらへ?」
「……おばあ様のところです」
2023年新春企画としてスピンオフ的短編ば書きたかです。
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