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徳子様の乳姉妹? 酔倒殿の女御

  共に主上おかみにお仕えする妃として親睦を深めたく、ささやかながら宴席を設けました

  つきましては――



弘徽殿こきでんの女御、麻儀子まぎこからの招待状で、徳子さとこは左大臣家の別邸のひとつへと招かれていた。明式部あけのしきぶと忠子をはじめ、お供の女房も一緒である。


(き……緊張する……)


贅を尽くした料理が振る舞われ、評判の楽師や舞師の歌舞音曲なども拝見し、それはそれは華やかだったが根底の空気はギスギスだ。心から楽しめるはずもない。


そして何か思惑がないはずもない。


一通り宴のもてなしが落ち着いたところで、麻儀子はようやく切り出した。


「さて……本日来てもらったのは、徳子様……いえ、藤壺の女御に会わせたい方があってのことなのじゃ。これへ」

「はい」


引っ立てるように連れて来られたのは徳子と同い年ぐらいの娘だった。


一応衣裳の体裁は整えているが、どうにか着られるものをかき集めたといったもので色合わせは滅茶苦茶だし布地は傷んで擦り切れている。いかにも落ちぶれた貴族の令嬢といったみすぼらしさだった。


深く俯いているので顔は分からないが、頬にかかり背中に流れる髪だけは手入れが行き届いている。

その艶やかさが、零落しても譲らない最後の誇りのようでかえって痛ましかった。


娘は一度も顔を上げないまま、部屋の中央へと進み出てひれ伏す。


「さあ、藤壺の女御にご挨拶なされよ」

「……初めまして……登和とわと申します……」


傲慢に顎をそびやかした麻儀子は扇で口元を覆って嗤う。


「ほほほ……遠慮しなくても良いではないか。酒肆しゅしでは女御のことをお姉様と吹聴していたのじゃろ? 店の名を取って酔倒殿すいとうでんの女御などと名乗っていたそうではないか。お姉様お会いしとうございましたと、縋りついても良いのじゃぞ」


(酒肆って……居酒屋みたいなものだよね。いやそれよりお姉様って何?!)


ざわざわと騒めく中、登和はただひれ伏して震えている。

弱者を大勢で囲むいじめのような構図に、たまりかねた徳子が窘める。


「麻儀子様、どういうことですの?」

「それはこの方の口から直接お聞き遊ばせ」


物をぶつけるような言い方をされても、登和はおどおどと黙ったままだ。


「何をぐずぐずしているのです、弘徽殿の女御様のご命令ですよ。藤壺の女御様にそなたの身の上を話すのです」

「は、はい……」


麻儀子の侍女の瑠璃子に強く急かされて登和は身を起こしたが、相変わらず俯いたままだ。しかしながら小さな頭の形やしぐさにはそこはかとない品がある。



「私は、徳子様の乳母の……娘、です……」

「では、わたくしの乳姉妹ちきょうだいなのですね。乳母は身分が低いのを気にして、乳離れするとすぐ里帰りをしてしまったと聞いています。今はどうしているのですか?」

「先日、亡くなりました」

「そうでしたか。お悔やみを申し上げます」


(生活が苦しくて、登和さんが酒場で働いてたってところかな)


乳姉妹なら姉と呼んでもおかしくはないが、あまり上品とは言えない場所で働くような下級貴族の娘が女御を親しくお姉様などと呼ぶのは不敬に値する。


(そんな図々しいタイプには見えないけど……それよりどうして、こんなに仰々しく連れてきたの?)


横目で見た明式部の横顔にも厳しい翳りが差していて、否応もなく緊張感が高まる。

逆に弘徽殿側の御簾の中からはくすくすと嘲るような笑いが聞こえてきた。酷く嫌な感じで、登和も床についた手を強く握りしめている。


「麻儀子様、あなたは登和さんに何をさせたいのです」


登和の扱いに憤っているらしく、徳子の口調ははっきりと非難の棘を帯びていた。


「興奮しないでくださいませ、藤壺の女御様。ワタクシどもは、このお方が働いている酒肆で、客の男たちに話していたとてもとても重要なお話を、直接お聞かせしたいだけなのでございます」


麻儀子ではなく瑠璃子が横から答える。険しい視線で促され、登和はおずおずと口を開いた。


「小さい頃……母さんから聞かされました……私は本当の娘じゃないって……北の方様(おくさま)と相談して、姫様と自分の子供を入れ替えたんだって……」

「まさか。なぜそのようなことを?」


静かな徳子の問いかけに登和はしばらく動けなかった。


「ほうら、お姉様のお言葉ぞ。答えて差し上げよ」


麻儀子の嘲りに、登和は初めて真っ直ぐに顔を上げた。伏し目がちな目許の雰囲気は徳子に似たところがある。


「ひっ!」

「きゃあ!」


震える白い指先が左側の髪をかき上げて耳にかけた瞬間、女房たちの間から悲鳴が上がった。

こめかみから目の下にかけてべったりと青黒いあざがあったのだ。あざは眼球にも及んでいて、左目だけが青黒い。


「生まれつきのあざです……こんな顔じゃ入内なんかできっこないから……家のためにすり替えたって……母さんだって、旦那様のお手が付いて身ごもったんだから、藤原の血を引く姫には違いない、でも母親が母さんじゃやっぱり女御は無理だからって……」


(え、え、え、すり替えどころか、それじゃあ乳姉妹じゃなくて異母姉妹!)


忠子だけではなく飛香舎側が混乱する中、御簾越しだから互いに顔は見えないものの、麻儀子が勝ち誇ったように唇を引き上げて徳子を見据えたのが分かった。


「藤壺の女御はほんに美しいこと。赤子の頃から抜きん出た美貌であったであろうなあ。醜い赤子を産んだ女子が自分のものにしたがるのも当然のこと。わらわは責める気はないぞ。むしろ同情しておる。女子は権力闘争の道具とは言え、あー、可哀想! あー、可哀想な徳子様。あー、可哀想な登和様」


沈黙とクスクス笑いの中で登和は元通りに髪を下ろして顔を隠した。肩が小さく震え、組み合わせた指を握りしめている。


口惜しいだろう、悲しいだろう、恥ずかしいだろう。短刀でもあれば弘徽殿の女御を刺したいところだろう。


しかし忠子が今考えるべきはそこではない。


(嘘か本当かなんて、DNA鑑定とかないこの時代じゃ分かんないよ! 一体どうしたら……)


「くだらない」


氷の刃のように清冽な一言で最悪の空気と忠子の思考を切り裂いたのは、徳子その人だった。

女の戦い編です。このエピソード終了までは日刊で行きます。

引き続きよろしくお願いします。


2023年新春企画としてスピンオフ的短編ば書きたかです。

よろしければ感想なんかでリクいただけたら参考にするとです。


ご意見ご感想あればお気軽にお願いしとーとです。

よろしければブクマ、イイネ、ポイント★付けてくれると励みばなります。

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