紙面に咲く仇花
殿司は縫司と同じく後宮十二司の一部署で、灯火の管理などを司る。
「あたし、弘子。徒花典殿って言った方が通りいいかな」
典殿とは殿司に勤める女官の役職のひとつだ。就く人材の家格で言えば忠子と同じぐらいになる。
だからなのだろうか、以前から友達だったような気さくな話し方だ。でも不思議となれなれしいと感じさせない和やかな雰囲気がある。
「え、はい……、聞いたことあります……」
初めて聞いたときのインパクトは大きかった。
徒花とは酷い呼び名ではあるが、本人が常日頃から独身主義を公言しているからに他ならないそうだ。
宮廷で女官として花開いてもそれでは実を結ばない徒な花と惜しまれたり呆れられたりしている。
「ロクな話じゃないでしょ~? でもあたし、自由に生きたいんだよね」
弘子は忠子を連れ、筆や文箱が並べられた部屋へと入った。雰囲気が何となく工房っぽい。
忠子にも腰を下ろすように言い、袖から文を取り出す。
いたたまれずに視線を外すと弘子は困ったように笑った。
「ごめんね。これ、あたしが書いたんだよ」
「はえ?! だ、だって、理知の字……!」
「よく見てみて、流石に完璧には真似できてないから」
目を通すのも辛かったが、受け取ってよく確かめてみる。
筆跡は確かによく似ているが、言われて見れば本来素早く払うであろうところに勢いが足りない。
さっきは内容で情緒をかき乱されていたが、冷静になって見ればいつもの理知の筆跡とは何か違うなぐらいの印象は受けた。
「こんなのもあるよー」
弘子はさらに数通の手紙を手渡した。開いた忠子はあまりの衝撃に目を見開く。
「え、ええっ?! これ源氏の光君からのお文?! こっちは平将門公から、うわああああ、荀彧が大和言葉書いてる!」
「言語の壁は乗り越えてもらいました~」
どれもこれも、本人が書きそうな字と内容の恋文だった。
光源氏の文はひっそりと一夜だけ情を交わした女性に宛てた後朝の文。
将門からのものは、黄泉で帝となったため妃としてあなたを迎えたいという旨の文。
三国志でも屈指のイケメン、荀彧のものは進軍の途中で立ち寄った家の娘に対しあなたのことが忘れられないと戦地から書き送った文。
「凄い……それっぽい……字もそれぞれが書きそうな……これ、全部ご自分で?」
「うん、そう」
別の文箱を開けて見せてくれる。
初恋の人に向けたもの、一度は離れてしまったが忘れたことはなかった人に宛てたもの、狂おしい情熱のままに書きなぐったようなもの、色々な手紙の雛形がぎっしり詰まっていた。
「あたし、代書屋やってるんだよね」
「それはどういう……」
薄々察しはついたが恐る恐る問いかけてみる。
「今見た通り、架空の人物になり代わって依頼人に宛てた恋文を書くの。相当恥ずかしい趣味だからね、皆きっちり口を噤んでて噂にはならない。でもそこそこ需要はあるからちょっとした稼ぎにはなるんだよ」
(ああ……これはLINE風チャットゲームとかなりきりメールとか、課金すると誕生日にソシャゲのキャラから来るバースデーカードとかそういうヤツ……本当にヲタクの原型は何でもあるな、平安時代……)
あの百人一首の撰者、藤原定家も夢小説らしきものを書いちゃってたらしいし。
「普段は実在の人物は書かないんだよ。でも今回どうしてもって。断れば、って言うか断れれば良かったんだけど、ねえ?」
「はあ……」
宮廷にいれば断り切れないこともある。忠子も覚えがあるから曖昧に頷いた。
「でもやらないっていうものを押し込んでくる人間って約束を守らないね。絶対に人目に触れないようにって念押ししたのに、他人に見せたわけよ。一度は取り返したんだけど、処分する前に紛失してて」
「新人っぽい女孺が私に届けてくれたんです」
「そっか……気を利かせたつもりだったのかな。お騒がせしてごめんね」
「いえ……」
心底ホッとした。気が抜けた。気が抜けたら涙が出てきた。
「わっ! な、泣かないで!」
「い、いえ、私、極度の緊張が解けると涙が出てくる性質で、こちらこそすみません! 一過性のものなんで、しばしお待ちを……」
一時の動揺が過ぎ去れば嵐の後のようにスッキリする。
涙を拭いて文を見れば改めてその精巧さに感心させられた。
それらしい文体を考える文才、キャラクター性を筆跡で表現する書才、紙の選び方や折り方など、総合プロデュース力が突出している。
「本当にそれぞれが書いたような文ですね……」
「ありがと、敬語はいいよ。迷惑かけて本当にごめんね」
ホッとしたら途端に好奇心が頭をもたげてきた。
これだけフレンドリーなら聞けば教えてくれるかもしれない。
(そう! 日本最古かもしれないなりメがどうやって成立したのかを!)
「あの……もし良かったら、どうして源氏や将門公になりきって文を書こうなんて思い立ったか教えてもらっても?」
「あーうん、他の人の創作意欲ってどこから来るか興味あるよね」
明るかった表情が少しだけ沈んだ。
「源鷹臣様絡みになるんだ……」
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