虎とカラスの恋物語
しばらく後、検非違使の詰め所に留め置かれていたランポを交えての事情聴取が執り行われた。
ランポと吉乃は幼馴染みで、結婚の約束もしたという。
大きくなったらめおとになろう程度の可愛らしいものだったが、二人はお互いだけを見つめ合って成長した。
だがランポが吉乃と結婚すると父親に宣言したところ、頭ごなしに反対されたのだと言う。
「親父は人間嫌いの頑固者なんだ。吉乃は母ちゃんが人間だから……」
許されない恋を諦めないなら駆け落ちするしかない。
しかし二人とも外の世界など行ったことがない。どこに逃げようかと麓の町で情報を集めていたところ、行商の男に声をかけられたのだった。
船が難破して流れ着いた高麗人だと名乗る男はランポたちの身の上に理解を示し、見せてくれた手甲の下には青黒い鱗がびっしりと生えていた。
「おじさんも苦労したんだ」
海を渡った国は広く、肌の色が黒や赤の人間がいたり妖の御殿があったりするという。
「それだけじゃない。蓬莱には人間と妖が一緒に暮らしている国があるんだ。だけど行ったらきっと二度と帰ってはこられない。それでも行ってみる覚悟はあるかい?」
一晩考えた末に蓬莱で生きる決意を伝えたランポに、男は例の木札をくれた。
「賀茂祭で傘屋にこれを見せれば、蓬莱行きの船に乗せてくれるって言ったんだ」
並んで座った二人は顔を見合わせて強く手を握り合う。
「お父さんやお母さんとお別れするのは辛かったけど……」
不意に吉乃はぽろぽろと涙を零し始めた。
「モノゴコロつく前からずっと一緒なんだよ……ランポがいないジンセイなんて考えられない……」
「吉乃! 俺だってそうだ!」
「どうしてみんな仲良くできないの……? おじさんもおばさんも親切にしてくれてたのに、どうして一緒になっちゃいけないの……?」
「吉乃ちゃん……」
妖の世界にも色々と事情があるのだろうが、子供たちの純粋な気持ちが踏みにじられるのはやはり切ない。
「どうしてだろうね?」
「理知!」
「忠子は黙ってて。ここからは男同士の話なんだから」
子供に語り掛ける口調ではない理知を窘めるが、掌で制されてしまった。代わりにランポは背筋を伸ばして理知を睨み返す。
「そんなに強固に結婚に反対するなら僕だったら初めから遊ぶなって言うな。ランポ君だっけ? 君の父上はどうして駄目だと言ったの?」
「え……?」
「そのときのことを話してくれない?」
* * *
カラス天狗の成人の儀式は、向かい風の中を霊山の麓から頂上まで一度も下りずに飛び切るというものだ。これができると大人とみなされて兜巾をもらう。山伏がおでこにつけているあの小さな頭巾である。
ランポも神官の立会いの下で初冠の儀式を行った。
「これにてランポ様元服の儀を終了といたしまする」
神官が恭しく一礼して下がると、父子水入らずで向かい合った。
父はいかにも頑固親父といった強面で、初対面の者は一人残らず「飛ぶのか、これが……」という感想を抱く巨漢である。
「良いか、ランポ。確かに今日からお前は大人とみなされたが、まだまだ未熟。兄たちを見習いよく修行し……」
「親父殿! 元服したら言おうとしていたことがあります! 吉乃と夫婦にさせてください!」
「なぬっ?!」
「吉乃にはもう話してあります! 早速隣山に家を建てて子供は男女二人ずつ……」
「馬鹿野郎! いきなり生意気ほざいてんじゃねえ、このヒヨッコが! 絶対に許さん!」
* * *
聞き終わった理知はとても微妙な顔をしていた。
「……ご尊父は、まだ早いって言っただけじゃない?」
「だ、だって! 親父は一族の中でも特別人間嫌いなんだ!」
「それなのに、ご母堂が人間の吉乃ちゃんと家族ぐるみの付き合いがあるの?」
「し、白妙おばさんは別だって……」
「人間嫌いの妖が特別扱いする人なんて、心から認めてるに決まってるじゃない。そのお嬢さんデショ? 思い出してよ。本当に吉乃ちゃんが混血だからって理由で反対したわけ?」
「うっ……」
ぐうの音も出ないところを見ると、思い当たる節があるようだ。理知はここぞと畳みかけて揶揄う。
「早とちりだと思うけどねー」
「うぐぐ……」
とても楽しそうに言う理知に、改めて大人げなさを感じる。
「そぉーんな軽率じゃあ、親御さんは心配で結婚なんて認められっこないよねえ? あ、軽率の意味知ってる?」
「うるせえ、お前に何が分かるんだよ!」
「分からないよ、分からないけど」
理知の声からスッと温度が消えた。
「君はその行商人に化けた人買いに騙された。疑いも裏を取りもせず、自分に都合のいい話に飛びついてね。そのせいで好きな女の子まで危ない目に遭わせた。そんな頼りない男に結婚する資格がある?」
「理知、言い過ぎ!」
流石に見かねて忠子も声を荒げるが、ここは理知も引かなかった。
「言わせてよ、僕だって大切な人を巻き込まれて腹を立ててるんだから」
ランポは膝の上に乗せた手を白くなるまで握りしめている。どうにか涙を堪えているのは責任を感じているからだ。
「だって……おれ……」
張り詰めていたものが弾け、涙の代わりに言葉の奔流があふれ出した。
「そうだよ、分かってるよ! 俺、ガキだから! 本当はまだ吉乃と結婚する資格なんてないって! でも、でもさあ! 吉乃は評判の器量よしなんだ。こっ……この前、吉乃を嫁に欲しいって文が来たって話してるの聞いちゃって……相手は竜と三日三晩のガチンコ勝負で引き分けた虎野郎なんだ。種族違いより、虎同士の方がいいだろうし、向こうは強くて大人で、俺、俺……っ!」
「ランポ! あたいあんな奴嫌よ! あいつ、住処の上空を通っただけで因縁つけるのよ、野蛮だわ! それにいい年してあたいがいいなんて幼女趣味じゃないの。気持ち悪い!」
覚えておいでだろうか。
忠子に会いに行った壬治と私闘を繰り広げたあの虎である。
「政略結婚なら親子ほど年齢が違う姫を妻にと求めてもおかしくはないけどね」
「小さい頃は女の子の方が先に大人になるって言うし、吉乃ちゃんの方がしっかりしてそうだね。これなら大丈夫じゃない?」
微笑ましく見守る忠子に理知はまた皮肉気に片眉を上げて見せるが、その目は優しく和んでいた。
「僕の方が子供だった?」
「そ、そういうわけじゃないけど! もう、理知の意地悪!」
忠子と理知は安心して笑い合うと、妖二人へと向き直った。
「まあ、とにかく。まずはご両親に謝って、改めて結婚したい意志を伝えれば? 今すぐとは言いませんが、ゆくゆくは夫婦になりたいと思っています。つきましては婚約という形で二人の仲を認めてくださいってね」
ランポの黒い目に尊敬の煌めきが宿った。
「婚約……そうか、そういう手があるのか! お前天才だな?!」
「普通だよ。こんなこと考えつかないからガキなんじゃん」
「何だよ、褒めてんのに! 性格悪っ!」
「はいはい、人の裏をかくお仕事してますんでね」
まぜっかえしてしまうのは照れくさいからだ。捻くれたところのある理知にしてみれば、子供からキラキラした目で見つめられるなど居たたまれないことこの上ない。
戯れる二人は放っておいて、忠子は吉乃の手を取る。
「吉乃ちゃん、白妙さん宛に手紙を書くから持って行ってね」
「本当に?! ありがとう、忠子おねえさん!」
事の顛末をちゃんと書けば、白妙ならきっと理解を示してくれるはずだ。
「手紙か……手紙ね」
「どうしたの、理知?」
理知は懐からさっき買った筆を取り出し、ランポに示した。
「これは京一番……いや、京には住んでないからそうは言わないか。間違いなく五指に入る筆匠が作った筆だよ。百年書けると言われてる。酷いことをたくさん言っちゃったからね、お詫びにあげるよ」
「百年?! 凄え!」
「もしご尊父がどうしても二人のことを認めないとおっしゃったら、言い争わずにこれで手紙をお書き。感情論じゃなく、ご尊父の反対を克服する方法を筋道立ててね。どんな頑固親父でも、この筆が擦り切れるまで書けば粘り勝ちできるよ」
「兄ちゃん……」
「まずは世間を知って、教養を身につけるところからだけどね。今の君、カラス天狗と言うより山猿じゃん」
「一言多いんだよ!」
「要らないの?」
「……下さい」
居住まいを正して礼儀正しく頭を下げたランポに、理知はお気に入りの筆を手渡す。
「ありがとう……ございます」
「そうやってきちんと振る舞うこともできるんだから、ちゃんと考えて行動しなよね。まあ、頑張れば? 幸い一番重要なものは手に入れてるみたいだし」
理知に視線を送られて、吉乃は恥ずかしそうに俯いた。
年の離れたお兄さんしかいない理知だから、もしかしたら弟が欲しかったのかもしれない。
葵祭の行列はとっくに通り過ぎてしまったが、この二人の将来を思うと忠子の心は満たされていた。
いつか匠の筆で書かれた結婚報告の文が届くのを、今から夢見ている。
今回で賀茂祭編終了です。次回からはまた舞台を宮廷に移してのゆるふわ生活が始まります。
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