私のヒーローの素顔
カア! カア! カア!!
カラスが鳴き騒ぐ声がした。同時に希望の声も。
「道を開けろ! 検非違使だ!」
店の中から金目のものや証拠品を持ち出してきた諜報員が蛇使いを急かす。
「オイ行くぞ! そんな女放っとけ!」
「だが、顔を見られたぞ」
「俺らみたいな下っ端、真剣に探しっこねえって! 捕まりさえしなきゃいいんだよ」
忠子に未練はありそうだったが、男が立ち上がる気配がした。
「きゃっ!」
ゴロゴロと転がされて拘束が解ける。まだ立てないながらふらつく頭を振って顔を上げると、物陰から飛び出すときに脱ぎ捨てた忠子の被衣を手にした蛇使いと目が合った。女性がするようにふわりと頭に被る。
性癖を知っていても、女物を羽織ったイケメンには華があってつい目を奪われてしまう。
「また、会おう」
身を翻す仕草すら決まっていた。
女物の着物と言えば盗賊が狙う金目の物の代表格だから持ち去るのは普通と言えば普通だが、何となくこいつに持ち去られると思うと鳥肌が立つ。
「こっちよ!」
「忠子!」
吉乃と理知を交えた検非違使が駆けつけてくる。大分ぼろぼろにはなっているが無事な忠子を見て理知は息を飲み、吉乃は勢いよく飛びついてきた。
「ごめんなさい、ごめんなさあああい!」
緊張の糸が切れたのか抱きついてわんわん泣き出す吉乃を抱きしめて撫でてあげているうちに、安堵感とともに改めて怖くなってきて忠子も泣きそうになる。
「忠子」
理知の声が震えているのを、忠子は初めて聞いた。
ほぼ無表情だが口元は僅かに引きつって強張り、走ってきたからか息は乱れて汗ばんでいるが顔色は白く青ざめている。
見たこともない顔をしている理知。
大泣きしている吉乃。
すぐ傍の店内からは何か証拠品がないか家探しをしている荒々しい物音が聞こえてくる。
普段の理知なら心配するにしても皮肉のひとつも言っただろうに、言葉を失ってただ忠子を見つめている。
(本当に危ないところだったんだ……)
後先考えないで飛び出してしまったが、一歩間違えれば一緒に攫われていたかもしれないし、口封じに殺されていてもおかしくはなかったのだ。
身に迫ってきた危機感に、体の震えが止まらない。
「結果的には無事だったからいいケド、君ね……」
「ごめんなさい……でも」
「でも? 何」
強張る舌を深呼吸して落ち着かせ、子供たちがむざむざ連れ去られるのを黙って見ていられなかったときの勇気を思い起こす。
「理知が検非違使に知らせに行ってくれてるって知ってたから……時間さえ稼げば、必ず来てくれるって……」
「僕のせいにするな!」
理知らしからぬ血を吐くような叫びに身が竦んだ。
感情をぶつけられた忠子ばかりかあまりの迫力に吉乃まで怯えて縮こまっているのに、理知の激情は止まらなかった。
「君は僕のこと何だと思ってるのさ? 何でもできる秀才? 物語に出てくる王子様? 僕はそんなんじゃない、本当の傑物の足元にも及ばないただの人間なんだよ!」
理知はいつだって、忠子にすら滅多に感情を露わにすることはなかった。
いつも斜に構えて、自分の気持ちすらどこか別視点から眺めて分析しているところがあった。
素直じゃない、皮肉っぽいと批判されても、忠子は常に自分を客観視できる理知を尊敬していたし、ずっと好きだった。
カッコよくて、何でもできて、冷静で、優しくはなかったけど最後には必ず自分を気にかけてくれる理知は確かに幼い頃から忠子のヒーローだった。
「君一人助けられなかったかもしれないんだ……」
だが今、口惜しそうに拳を固めて唇を噛んでいるのは忠子と同じ十六歳の男の子だ。
物心ついた頃からずっと一緒で、知り尽くした気でいた理知の違う一面は新鮮な衝撃だった。
驚きと言うには温かくて、単なる意外性で片づけるには浮き立ちすぎて、僅かに胸が苦しい。
ヒーローでも憧れの人でもない、生身の理知に初めて触れたのだという確信があった。
「もうこんな無茶はしないでよね」
「うん……懲りた」
「その言葉、信じるからね」
言質を取って一安心したのか、いつもの少し気取った口調が戻ってくる。
「まあ? 慎重になったからって君のお人好しは変わらないだろうから色々と厄介事は抱え込んできちゃうんだろうケド?」
(この喋り、素だと思ってたけど、作ってたんだ……)
既に第二の素なのだろうが、生まれたままの飾らない理知を見てしまった後だと外面なのだと知れる。
「そんな言い方しないで!」
反論したのは忠子ではなく、腕の中の幼い声だった。
「忠子おねえさんは悪くないのに、どうしてそんな意地悪言うの?!」
思わぬところからの反撃に、子供が苦手な理知がたじろぐ。
「吉乃ちゃん、いいんだよ」
「だって!」
「あのね、このお兄ちゃんはちょっと捻くれてるだけで、本当に私のこと心配してくれてたの。だから私も謝らなきゃいけないの。……理知、心配かけてごめんね」
「……まあ、君に何かあったら……」
無垢な少女の険悪な視線というものは、子供心をどこかに置いてきてしまったような皮肉屋には結構効果があるらしい。
「その……君に何かあったら、僕は一生後悔したところなんだからね。自分を大事にしてよ」
「うん! ありがとう!」
ふんわかした雰囲気が漂う二人の顔を、吉乃は交互に見やる。
「二人は恋仲なの?」
「なっ?!」
「そそそんなんじゃないよ! 小さい頃からずっと一緒で、幼馴染みなの! ねっ、理知?!」
「…………そうだね」
「じゃあ、つついづつのなかなんだよね?」
「ひいっ?! つ、つ、筒井筒の仲? 吉乃ちゃん、難しい言葉を知ってるんだネ!」
目をキラキラさせる吉乃に忠子は驚愕の声が裏返り、普段の調子を取り戻した理知は扇の先をビシッと突きつける。大人げない。
「それは確かに男女の幼馴染みの仲を差す言葉だけど、結婚した後で男が浮気する物語だからこの場合は適当じゃないよ」
子供に対してガチトーンの訂正だが、吉乃は物怖じせず小さな拳をきゅっと握りしめた。
「じゃ……じゃあね、二人に相談があるの……」
「相談?」
「場所を変えて聞こうか。どうせ今回の騒ぎに関係あるんデショ」
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