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海賊の割符

小洒落た板庇の店に入った二人は、土間から座敷に上がる縁に並んで腰を下ろしていた。

何を言われるか、想定する質問への回答をぐるぐる考えて緊張の極みにあった忠子だが、木のお椀にたっぷり注がれた芋粥から盛大な湯気と一緒に上がるいい匂いを吸い込むとそっちに気を取られてしまう。


(まずはこれを美味しくいただこう!)


「いただきまーす」


煮込んでいる釜からよそってもらったばかりの熱い芋粥を匙ですくい、何度か息を吹きかけて粗熱を飛ばし、まだちょっと熱いかなというところで口に運ぶ。はふはふと冷ましながら食べる。最高である。


「んーっ……美味しい!」

「君ねえ……」


この時代の上流貴族の間ではものを美味しく食べるのははしたない行為とされていた。食物摂取に無関心であることが上品、味気ない料理を粛々と口に入れる作業が雅とされていたのだ。

空腹を訴えたり、美味を喜んだりするのはとても汚い下ネタを連発するような感覚だったご時世である。なお酒は除く。


だが忠子は元々庶民に近い生活をしていたし、美味しいものを食べられるのは幸せだ。そしてそれを隠さない。


理知たかちかはそういう忠子を可愛いと思う。物を食べるという生きることに必要な行為を否定しない姿を、生き物としてとても美しく正しい姿だと感じる。


そんな思考はつゆ知らず、忠子は甘味で自然に浮かんだ笑顔を理知に向けた。


「だって美味しいんだもん」

「腹を立ててたのが馬鹿馬鹿しくなったよ。僕にも一杯」


腰を下ろしたときこそ仏頂面で濁り酒の椀だけ傾けていた理知だが、甘いものを口にして雰囲気が柔らかくなった。


「これはなかなか」

「でしょ? 普段はこんな熱々の食べられないもん」


宮廷で食べられる食事は豪華だが、出す手順が煩雑なので冷たいものはぬるく、熱いものは冷めてしまう。


お腹と心が落ち着くと、理知は濁り酒をもう一杯、忠子は白湯を持って来てもらった。


「さっきの話だけど」

「うん」

「聞いてると君が色々見えるのが前提での話だよね? 初耳なんだけど」

「ええと、ね。見え始めたのは最近なんだ。お側仕えを始めてからで。初めは何だか分からなかったから、さっきの陰陽師さんに相談したの。そうしたら……」

「出ようか」


噂はどこからか広まるか分からない。理知は代金を置いて忠子を外へと連れ出した。雑踏の中は最も立ち聞きされにくい場所のひとつだ。


「私いつの間にか鬼とかあやかしの正体とか、そういうのが見えるようになってたって分かって……陰陽寮にいる妖さんとも話せたし、湯治先では半分妖の女の子にも会ったよ」

「……そうだったんだ。それで、何か心当たりはないの? 見えるようになったきっかけとか、見える条件とか」


ギクリ。


誤魔化すべきか、眼鏡を通したときだけ見えるのを白状すべきか。逡巡した瞬間、細い小路から勢いよく飛び出してきた小さな人影とぶつかってしまう。


「きゃっ!」

「忠子!」


咄嗟に理知が腕を伸ばしてくれたから派手に吹っ飛んで怪我をせずには済んだが、ぶつかってきた子供たちと団子になって尻もちをついてしまった。

その拍子に小さなものが転がり出る。


「あ、いててて……」

「ランポ急ぎすぎ! ごめんね、おねえさん!」

「大丈夫、あなたたちこそ怪我は……吉乃ちゃん?!」


湯治に行った温泉で出会った。虎人と人間の間に生まれた女の子だった。お出かけ着なのだろうか? 赤い着物が良く似合っている。


「ああ、びっくりした。吉乃ちゃんたちもお祭に来たの? 白妙さんも?」


立ち上がって体を確かめてみる。特に怪我はないようだ。

着物をはたいてやりながら問いかけると吉乃は盛大に視線を明後日の方に向けた。


「え、えーと、今日は、ランポと二人なの。そうだ忠子おねえさん、傘を売ってるお店を知らない?」


母親の名を聞いた瞬間に男の子の顔が強張る。警戒心もあからさまに転んだときに懐から転がり出した木札を素早く拾い上げて駆け出そうとしたが、理知が横から拾い上げる方が速かった。


「返せ!」


飛びかかってみてもランポの身長は理知の腹ぐらいまでしかない。

長身の大人に頭を押さえられ両手を振り回しても拳の先が届かないという大分間抜けな構図になった。


しかし目の高さまで持ち上げた木札を吟味する理知の目は笑っていない。


「君、これをどこで?」

「どこだっていいだろ! 返せよ!」


まだ子供のランポに対し、官吏の口調で対応する理知に対して吉乃が身を竦めて怯えの色を見せた。


「理知、小さい子なんだよ? もうちょっと優しく……」

「忠子は黙って」


ぴしゃりと言い切る声の温度が低く、忠子は言葉を失い吉乃は思わず忠子の豊かな胸に抱き着く。


「これは子供が持っていていいものじゃない。どうして君が持ってるの?」

「てめえ、役人か?! ……ちいっ!」


ランポは舌打ちするなり強く地を蹴った。


「なっ?!」


周りよりも頭一つ分は背の高い理知が、目を見開いて頭上を仰ぐ。


傍目に見れば身の軽い子供が理知の肩か何かを足掛かりにして人の頭より高い位置まで飛び上がったように思えたかもしれないが、忠子はその背にたたんでいた黒い羽を羽ばたかせて舞い上がったのを見た。


「クワァ!」


人間からカラス天狗へと変化したランポの嘴から、鋭い威嚇の叫びが上がる。流石に理知も異質さを感じて怯んだ一瞬の隙を突き、手ではなく嘴で木札を奪い返す。


「吉乃、来い!」


理知を飛び越し三メートルは先に着地したランポの声で、吉乃も駆け出した。


「ごめんね、忠子おねえさん! お母さんには内緒にしといて!」

「吉乃ちゃん?! ちょっと!」


小さな二つの人影はあっという間に人混みの僅かな隙間に紛れ込んでしまった。

こうなると大人が追いかけるのは難しい。


「忠子、あの子たちは?」

「男の子の方は知らない。女の子の方は、湯治で行った温泉で会った子だよ」


忠子は理知の腕を取って引き寄せ、背伸びをして声を潜めた。


「お母さんは人間で、お父さんが虎人なの。男の子の方は背中に翼があった」

「なるほど、それであの小さな体であれだけの跳躍力ね」

「あの木札は何だったの?」

「ちゃんとは分からないけど……海賊の割符に似てた」

「かっ……」


海賊と言えば奴隷貿易である。


「ど、どうしよう?! 例の……」

「落ち着いて。……あの女の子、君に傘屋の場所を聞いてたよね?」

「え? うん」

「先回りしてみる。君は検非違使に知らせて」

「分かった、気をつけてね!」

「君こそ」


もはや葵祭そっちのけで、二人はそれぞれの方向へと走り出した。

お陰様で40話です!!!!! なんでこげん続いた? 皆さんのお陰です!

読んでくれてありがとうございました!


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