人身? 妖身? 誘拐売買ダメ絶対
「あれ? 加茂兼続様……」
見知った人影に、忠子は足を止めた。釣られて理知も立ち止まる。
陰陽寮に赴いたときに対応してくれた若い陰陽師だ。話し込んでいるのは警備を担当している検非違使だろうか。
「行こう」
「いいところに!」
面倒くさい気配を感じた理知に促されるが、その前に捕捉されてしまった。体育会系の瞬発力と人懐っこさを全開にして駆け寄ってくる。
「どうしたんですか?」
立ち去るタイミングを逸した理知は額に手を当てている。
兼続は周囲を見回して聞き耳を立てているような気配がないかを確認すると小声で話し始めた。
「かどわかしの警戒態勢中なんっス」
「いきなり物騒ですね?! ……でも、どうして陰陽寮が?」
「一生に一度は見たいですよね? 賀茂祭」
「ええ、そうですね」
「各地から人間が集まりますよね?」
「はい」
「妖も同じなんっスよ」
兼続の視線をさり気なく追えば、ご機嫌で屋台の酒を飲んでいるイケメンの頭上に狐耳が見えた。眼鏡の力で。
「飲み過ぎで文字通り尻尾を出してしまうとか?」
「あいつは平気でしょう、何度か見かけた顔ですし」
確かに世慣れた感じはある。
「危ないのが人間に興味を持ち始めた妖の子供です。人買いならぬ妖怪商人に連れ去られて売り飛ばされたりしたら大事っス。ここだけの話、妖の子供って高く売れるんっスよ」
「ええ……?」
「飼い馴らして乗騎……乗り物にしたり、お聞かせできないような用途も……特に人間との間に生まれた子は珍重されます」
温泉で会った可愛い虎人の女の子を思い出す。確か吉乃という名前だった。
「どうしてですか?」
「扱いやすいからっスよ。術師じゃなくても高額なお札や呪具をつぎ込めば妖を使役することは可能っス。でも純血の妖を無理矢理支配しようと思ったらある程度以上の霊力がなきゃなりません。その点、半分人間ならそういう素養は必要ないんっスよ。例外はあるっスけど」
「はあ……」
「あと可愛いっス」
「……は?」
「例えば狐だったら、純血種の正体は大体尻尾の多い大狐っス。混血種は耳と尻尾がついた姿になる子が多いんっスよね。これが一部で大人気で」
この時代にも、既にケモナーの概念が存在していたのを知って遠い目になる。
「そういうわけなんで、迷子っぽい妖の子どもがいたら知らせてください! 助けると思って、お願いします!」
「……これ、僕聞いていい話だったの?」
「ひいいっ?!」
「うわわっ、てっきりお身内かと!」
すっかり存在を忘れ去られていた理知の低い声に、忠子と兼続は文字通り飛び上がった。
「どうも、中務省の藤原理知です」
「ご内密に! でも協力をお願いするっス! ……ここだけの話っすが、昔カラス天狗の子供が攫われまして……一時は鞍馬山の天狗が京に攻めてくるんじゃないかってところまで行ったんっす」
京の治安が絡めば無関係とも言えず、理知は渋い顔をした。業務外だと無視もできない。基本的に真面目なのだ。
「まあ……祭見物ついで程度になら」
「あざっす!」
検非違使に呼ばれて慌ただしく駆け去る陰陽師の背を見送ると、背後の高い位置から地獄のような声が降ってきた。
「そろそろお腹空かない? 君、芋粥食べたいって言ってたよね? どこかのお店でも入って、ちょっとゆっくりしようか」
(あ、これは何かみっちり聞きたいことがあるときの話し方だ……)
甘葛でくたくたに崩れるまで煮た山芋は優しい甘さと身に染みる温かさで心も体もほこほこになる人気のスイーツだ。
(味、分かるかなあ……)
にっこり微笑んではいるが追求する気満々の理知の前に、忠子は顔色を失くすのであった。
* * *
十歳ぐらいの男の子と女の子が、息を切らし手を繋いで街道を急ぎ歩いている。
二人とも派手ではないがそこそこいい着物を着ている。地方豪族の坊ちゃん嬢ちゃんといった身なりだ。
「ねえランポ、疲れちゃった」
「もうちょっとだ。賀茂祭で傘を売ってる男にこの割符を見せれば、蓬莱行きの船に乗せてくれる」
ランポは小さな木札を見せた。
「蓬莱じゃ天狗も虎も仲良く暮らしてるんだ。吉乃に人間の血が混じってるからってごちゃごちゃ言う奴なんかいねぇ。おれと夫婦になるのに反対する奴もいないさ」
「本当に、あたいのことお嫁さんにしてくれるの?」
「そのためにカケオチしてきたんだろ? だからもうちょっと頑張れ」
「うん!」
見る者が見れば女の子のお尻には虎の尻尾が、男の子の背中にはカラスの羽が生えているのが見える。ただ黒い翼はまだ小さくて、少女を抱えて飛べるような力はない。
飛べないから、歩く。
ここでは一緒になれないから、遠いところを目指す。
しっかりと握りしめた木札に書かれているのが人攫いならぬ妖攫いの符号だとも知らず、幼い二人は一心に京を目指していた。
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