困ったときの結縁灌頂
翌朝、バリケードの隙間に可愛らしい花を見つけた。いい香りのする文が添えられ、胡桃の入った巾着袋が括りつけられている。
『調子に乗ってしまって忠子様のお気持ちを考えられず心無いことをしてしまいました。ごめんなさい。もう二度としません。祥子のことを嫌いにならないでくださいましね』
長くはないが、心のこもった丁寧な文だった。
申し訳ない気持ちに苛まれ、嫌われたらどうしようという焦りに混乱しながら、懸命に書いたのが少し乱れた文字から伝わってくるようだった。
(私もこんな文、書いたことあるな。理知を怒らせちゃったとき)
何でも自分のことのように考える忠子は、素直に謝られると負の感情が続かず許してしまう。舐められる要因であり、美徳でもある。
(うん、未遂でここまでちゃんと反省してくれてるなら大丈夫! やっていける!)
顔を見れば動揺することもあるかもしれないが、小福の引き取り手が見つかるまでの間だと割り切ることにした。
* * *
小福の争奪戦はなかなか決着がつかず、季節は冬から春へと移り変わり始めた。
「結縁灌頂で決める」
飛香舎にやって来た右大臣は、肥満も解消し徳子の膝に顎を乗せてうたた寝をしている小福に目を細めながらそう告げた。
結縁灌頂とは床に大きな曼荼羅を敷き、後ろ向きに蓮の花を投げ入れる密教の儀式だ。花が落ちた場所に描かれている仏様が、その人の守護神となる。
今回の場合はまずくじ引きで担当の仏様を決め、それから花を投げるそうだ。蓮の咲く時期にはまだ早いので、蓮華で代用するという。
「玉秀殿の七七日(四十九日)の法要も兼ねてわしに立ち会ってほしいとのことでな。最近お詣りにも行っていないし、徳子も来なさい」
「はい、お父様。良かったわね、小福。あなたの飼い主が決まりますよ」
「にゃあ」
小福はすっかり徳子や女房たちに懐き、名前を呼ばれると返事をするようになった。
繊細な指先で喉をくすぐってやる徳子だが、お別れを知らされたからかその微笑みは少し寂しい。
「文車太夫、お前もだ。猫なで日和を書くのに必要だろう」
「は、はいっ! ふ、ふつつかながらっ、喜んでお供いたします!」
猫なで日和とは忠子の猫ブログの題名である。
初めて猫と暮らすことになった飛香舎の女房たちが慌てふためいたりほっこりしたり、あまりの可愛さにいとをかしする日常を書いたものだ。
猫は親類が奪い合うぐらい、飼いたいけれど手に入らない層は多い。
読む人が自分で飼ったときのことを想像できるように書いたところ、そういう猫難民に刺さったらしい。
「正直なところ、わしはそなたのような身分の者を女房を迎えるには反対だったのだが……」
(はうあっ、なんでここで突然の駄目出し?! 右大臣様面食いですしね分かります!)
「竜宮の姫の物語もな、姫の方はいいが男の方はいけ好かん。何だあの傲慢な小僧は!」
(姫は徳子様ですが、王子様のモデルは鷹臣様ですものね、そうですよね!)
「文車太夫」
「は、はいっ!」
「そなたの一番の強みは需要を読む力に長けておることじゃ」
「も、も、も、勿体ないお言葉にございますっ!」
下げてからの上げに忠子の頭が畳にめり込まんばかりに下がる。
「人の顔色をうかがうのは誰でもやる。そなたはそこから一歩踏み込んで、望むものを把握しこれが読みたかったのだと思わせる文章を提供できる。これからも徳子のために力を尽くしてくれ」
「はい。全力で、頑張らせていただきます!」
* * *
運命の日がやって来た。
法会などに使うお堂に小福を引き取りたい親類縁者が集まっている。徳子と忠子含む数名の女房は御簾の奥だ。
もちろんねこま御前も招かれている。
「小福様をお連れしました」
いつも昼寝をしている籠に小福を入れてご本尊の前に置き、一礼して御簾の中へと入ってきて忠子の隣に座る。
あの日からけしからん振る舞いは仕掛けられていないが軽いスキンシップはしょっちゅうだし、こうして忠子のすぐ側を自分の指定席にしてしまった。
「猫の飼い主が決まったら……お別れなのですね……」
ポツリと呟く祥子に情が湧かないわけではないが、ホッとしている自分を意識してしまい小さな罪悪感が忠子の胸を刺した。
「にゃーん?」
広いところに連れて来られ、人はたくさんいるのに誰も構ってくれず、小福は不思議そうに周りを見回している。
蓮華の花を台に乗せた小坊主を連れて、玉秀の後を継いで寺の主となった高僧と右大臣が入ってきた。
「本日これより、小福様に最もご縁のある方を仏様にお伺いする結縁灌頂の儀を執り行わせていただきます。皆様、合掌をお願いいたします」
(うん、真言密教よく分かんない!)
お経だか真言だか分からないものをご本尊に向かって上げているのは、これからこういう占いをするので、皆が幸せになるようよろしくお導きください……と申し上げているらしい。
「では」
僧侶は蓮華を両手で捧げ持ち一礼すると背中を向け、薄いピンク色の花を高々と放り上げた。
「ニャッ!」
「ああっ!」
一同から驚きの声が上がる。
肥満解消して身軽になり、誰も遊んでくれず退屈していた小福にとって投げ上げられた花はとても魅力的に映ったに違いない。
籠から飛び出して床を蹴り、見事に空中キャッチしたのだ。
「こ、これは……?」
人間たちがざわつく中、小福は得意げに弾む足取りを女房たちがいる一角へと向けた。
御簾を器用に頭で押し上げて中に潜り込み、徳子のもとへとやってきて蓮華を落とす。
「にゃあ~」
遊んで、とねだるときの声だ。
「なんと。犬ならともかく、猫がこのようなことをするとは……」
初めは戸惑っていた徳子だが、何度も顔を擦りつけて甘える小福に根負けして蓮華の花を手に取った。
途端に輝き出した目の前で振ってやると、小さな耳をピンと立てて前足でじゃれつき始める。左右に軽くステップしたり、上げたお尻をフリフリさせて狙いを定めたりする何とも可愛らしい仕草に一同はデレデレだ。
初めに気を取り直したのは僧侶だ。実はこの人たいして猫好きではない。
「これも大日如来のお導きです。お集まりいただいた皆様さえよろしければ、このまま宮中で飼っていただいては如何でしょう?」
小福が一番懐いた者が引き取り手となると決めた一族郎党だ。高僧にそう言われれば納得する。
「小福は女御様が大好きのようですし」
「猫なで日和りを読むと、宮中でとても大切にされている様子ですしなあ」
「私も異論はありません。小福の幸せが一番ですもの」
「よろしいのでしょうか?」
徳子も遠慮気味ではあるが、ほんの少し嬉しさが零れてしまっている。
「どうぞどうぞ!」
「にゃーん」
絶対分かっているはずはないと思うが、こういうときに鳴かれると猫も同意しているように聞こえる。
「それでは、大切に養育いたします。お詣りのときは必ず連れてまいりますね」
こうして小福は正式に飛香舎の猫となり、正四位下の位が与えられた。
親類縁者には徳子から右大臣家を通して「猫ちゃんの可愛らしさには及ぶべくもありませんが、せめて心を楽しませてください」という直筆の文と、上等な絹や工芸品などが贈られたという。
「嬉しい……っ、また忠子様とご一緒出来る……っ、祥子、幸せーっ……、ああっ、悦びのあまり、目眩が……っ」
そしてねこま御前も、正式に飛香舎の女房となったのであった。
読んでくれてありがとうございました!
ご意見ご感想あればお気軽にお願いしとーとです。
よろしければブクマ、イイネ、ポイント★付けてくれると励みばなります。




