飛香舎で猫を預かります
ふわふわの小さな身体。
真ん丸でキラキラした大きな目。
長い尻尾をゆらゆらさせる仕草の優雅なことといったら、ない。
「にゃーん」
「「「あーん、いとをかし~っ♡」」」
女房たちがつい清少納言になってしまうもの、その正体は猫である。
普段は流行りものにたいして興味を示さない明式部さえ、仕事の手を休めて見に来るほどだ。
いつの時代も人気の猫だが、まだ珍しい生き物だった。
局の中を好奇心いっぱいで見回しているのは金目の白黒猫である。
見るものすべて珍しいのか、小さな耳や立派なヒゲをピンと立て、時折ふすふすと鼻を鳴らして匂いを確かめたりしながら新しい住処の探検を始めた。
丸顔でちょっと太り気味……いや、太りすぎだがそのために全体的に丸まっこく、子猫のあどけなさを残していてとても可愛らしい。
顔はハチワレで手足の先が白く、短い襪を履いているよう。胸元とお腹も真っ白でふわふわ、肉球もピンクでふにふに、とても大切に飼われていたのがうかがえる。
「にゃー……」
鳴き声も高く澄んで、専門用語で言うならアニメ声とかロリ声に相当するがオスである。
尻尾を立てて歩くと見える真ん丸ふぐりもチャーミングだ。
騒ぎを聞きつけて徳子も奥から出てきた。
「もしかしてその子は源蒼寺の小福かしら」
「徳子様、覚えておいででしたか」
「ええ、お父様と一緒にお詣りする度に遊んでいました。少し見ない間に太……いえ、大きくなりましたね」
右大臣が後援しているお寺で飼われていた猫なのだ。
「それがどうしてここに?」
「飼い主の玉秀様がお亡くなりになったのです」
玉秀とは源蒼寺の寺主である。
猫を連れてきた女性が、徳子の前に進み出た。
年齢は忠子と変わらないが、すらりと背が高く、卵型の輪郭に鋭い目鼻立ちで大人びて見える。切れ長の目尻を赤い顔料で強調する化粧が妙に色っぽい。
「お初にお目にかかります。大伴祥子と申します。玉秀様とご縁があって、小福様のお世話をしていました」
「引き取り手がいないのですか?」
「いいえ、逆です。一族郎党寄ってたかって猫大好きで、誰が引き取るかで大揉めに揉めているのです」
(ネコチャンッ! おじちゃんのところに来たいよネー、ほらオモチャだよー、チュッチュッ)
(いいえ、おばさまのところにおいでなさい。ふかふかの寝床を拵えてあげる)
(そんなものより煮干しがいいよねえ。にゃんにゃん~)
(それならこっちは釣りたてのマスだ! 美味しいよー)
(食べ物とは卑怯なり!)
小福が一番懐いた者が飼い主になると親族会議で決めたところ、皆が餌で釣る作戦に出たためにコロコロになってしまったという。
(ちと太り過ぎではないか?)
「さすがにこれは健康に悪いと、右大臣様が一時お預かりとなったのです」
「お父様も最近お腹を気にされているから、身につまされたのでしょうね……」
(徳子も小福を可愛がっていた。飼い主が決まるまで局で預かってもらってはどうだ)
こうして連れて来られた当の猫は錦の座布団を敷いてもらった籠の中で香箱を作り、呑気に昼寝をしている。確かに丸い。そしてデカい。
「そういうことでしたら、喜んでお預かりしましょう。お世話は祥子にお願いしてよろしいのかしら?」
「はい、そのように仰せつかって参りました」
(仕事は猫のお世話って人が、平安時代には本当に存在したんだ……)
羨ましい限りである。
「文車太夫、お部屋はあなたのお隣でいいかしら」
「は、はいっ!」
祥子がこちらに向き直ったので両手をついて挨拶をする。
「とっ……伴忠子と申します! ふ、文車太夫とお呼びください! 短い間ではありますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いしますね。宮仕えは初めてなので、分からないことは相談に乗ってくださいましね?」
「はははい! 私なんかでよろしければ!」
祥子は袖を口元へと引き寄せてしばらく無言で忠子を見つめ、孔雀がぱっと羽を広げたように華やかな笑顔を咲かせた。
「噂の文車太夫様がこんなに可愛らしい方だっただなんて……嬉しい……っ」
女は唇を左右に引いて妖艶に微笑んだ。真っ白な顔の中で、真っ赤な口が意外と大きい。
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