温泉へ行こう!婚約破棄令嬢は平安時代も溺愛されていた!
上がる湯気。
石組みの露天風呂。
周囲は雪がちらつく冬景色だけど、お湯に浸かれば温かい。
「はあ~……生き返るう……」
濁り湯に身を沈めると、計算上1180グラムあるというおっぱいがたぷんと水面に浮いて肩の負担がなくなった。
うっかり全裸に眼鏡で入ってきてしまったが気にしない。
ここは温泉、うちを忘れる別天地。
元々仕事が忙しく肩も腰もガタガタになってきていたところに貴照のこともあって調子を崩した忠子を気遣い、徳子が懇意にしている寺を紹介してくれたのだ。
寺と言ってものんびりしたもので、保養地と言っていい。
朝晩二回、ご本尊に向かってお経を唱えれば後は自由に過ごしていいのだ。
しかも温泉が付いている。
「はあ……肩凝りが抜けてく……憧れの女房装束があんなに重いと思わなかった……」
広い湯舟で思い切り手足を伸ばすと、全身がいかに凝り固まっていたのかが身に染みる。
宮中では味わえない贅沢を堪能していたときだ。
ばしゃーーーーーーん!
「な、何っ?!」
突然、目の前に何かが飛び込んで盛大な水柱が上がった。
波の中心にぷくぷくと湧き水のようなあぶくが幾つか上がる。
「ぷはーっ!」
「きゃっ!」
お湯から顔を出したのは、まだ十歳ぐらいの女の子だった。
濡れて顔に張りついた髪の間からパッチリ大きな猫目が覗く様子はハチワレ子猫のよう。自然と笑みがこぼれる愛らしさだ。
「ああもう、驚かせないでよ。お嬢ちゃん、寒かったの? でもいきなり飛び込んじゃ駄目でしょ。……ん?」
少女の後ろに、ずぶ濡れになってはいるがオレンジ色の毛に包まれた長いものが覗いている。
黒い縞模様が入っていて、先端は黒い。
「し、尻尾……?」
思わず呟くと、女の子は大きな目をさらに真ん丸にして固まってしまった。
尻尾の毛もぶわっと逆立ち、しびびびっと震えている。
「吉乃、お転婆が過ぎますよ」
落ち着いた若い女性の声に振り返る。
「ふわあ……」
思わずため息が零れた。
出るべきところは出て引っ込むところは引っ込んだ完璧なプロポーション。
入浴のために軽くまとめ上げられていても艶やかさが分かる豊かな黒髪。
そして顔には縁なしの眼鏡。
絶世の眼鏡美人(全裸)がそこにいた。
「お母さん!」
少女がお湯を跳ね散らかして女性の方へと駆け寄る。
適度に張りのある白い脚にしがみ着いて振り向いた少女のお尻からは、立派な虎の尻尾が生えていた。
「娘が失礼をいたしました。わたしの名は白妙、この子は吉乃と申します」
「わ、私は伴忠子と申します! 肩凝りと腰痛の湯治に来ました!」
女三人、お湯に浸かりながら向かい合った。
見れば見るほどたおやかで優美な女性だ。吉乃も将来の美しさを想像させて余りある整った顔立ちをしている。
母親と忠子が和やかに話し始めて安心したのか、虎の尻尾がゆらゆらと左右に機嫌よく揺れていた。
「ところで……今はいずれの帝の御代なのでしょう」
「多賀宮様が帝になられましたが……、あの……?」
「では光威院は? 阿久刀宮様は無事に帝位をお継ぎあそばされましたか?」
「ええ?! た、確か前の前だか、その前だか……」
白妙は寂し気に長い睫毛を伏せた。
「そうですか、わたしが生きた時代は遠くなっているのですね」
「ひいっ?!」
「恐れないでください、わたしは幽霊でも妖怪でもございません。人間と言うには長く生きすぎてはおりますが……この山の主である虎人の妻にございます」
白妙は遠い昔、山の主に捧げられたという。
「わたしはゆくゆくは王の妻となる身でした。ですが冤罪をかけられてその座を下ろされ、山の主様に捧げられたのです」
(こっ……これはいわゆる婚約破棄からの魔王の花嫁にされる系の展開だ……)
「主様は恐ろしい人食いの獣と言われていました。けれども実際は……とても思慮深く……見た目にも感じの良い殿方だったのです」
温泉で温まったのとはまた違う赤みで頬を染め、はにかんだ微笑みを浮かべる白妙は圧倒的な美しさだ。
(あっ、次の展開読めた)
「主様は同情してくださり、ご自分の館で手厚く保護してくださいました」
(溺愛展開だー! WEBまんがでしこたま読んだーーーー!)
「館には主様を慕うたくさんの精霊や物の怪が集まっていましたが、霊的な素養のないわたしには彼らが見えませんでした。それで、下さったのがこちらです」
白妙は一度眼鏡を外して忠子に手渡した。
花の顔の印象をなるべく損なわないためかフレームはなく、ブリッジもごく細い。
「この世ならざるものを見ることができる咒を込めた眼鏡です」
「……ちょっと、かけてみてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
自分の眼鏡を外し、改めて裸眼で吉乃を見てみる。尻尾がない。
白妙のレンズ越しに見直すと、可愛い尻尾がやはりある。
吉乃は半分人間だから、妖である部分だけに効果があるのだろうか。ついでに言うと白妙のものには視力矯正の度は入っていない。
「効果は同じのようです」
お礼を言って返す。
「やがて生贄の花嫁としてではなく、本当の花嫁として迎えられました」
上せてきてしまったので、手頃な岩に腰かけ足だけを湯につけて話の続きを聞くことにした。
温泉成分で体の芯から温まったからほとんど寒さは感じないが、忠子は何となく両手で体を覆ってしまう。
(うう……白妙さんのスタイル目に痛いよう)
すんなりと品よく括れた胴体に端正なおわん型の胸がついている白妙に比べ、自分は小柄なだけにずんぐりとした印象だし細い腕から零れそうな乳房は大きすぎて不恰好だ。
「あなたも、この世ならざる者に見初められたのでしょう? 花嫁として」
白妙の優しい問いかけで、世俗の物思いから引き戻された。
(……花嫁?)
急に言われても言葉の意味が入ってこないが、白妙は続ける。
「わたしは誠実な旦那様に出会い、幸いにも子宝に恵まれました。妖は寿命が長い分子供が産まれにくいので、大層大切にされています。……わたしには分かる。あなたは、丈夫な子をたくさん産める妖好みのおなごです」
白妙の白い手が、忠子のおへその下あたりを慈しむように撫でた。
「妖と契れば霊気が流れ込み、人でありながら人ではないものに変わってしまいます。年の取り方も交わった者と同じになるのです。もうわたしを知っている人はおろか、故郷すらこの世にはありません」
しんみりとしてしまった白妙の膝に、吉乃が体を投げかける。
「お母さん、悲しいの?」
「少しだけね。でもあなたたちや旦那様がいるから、悲しいよりもずっとたくさん幸せよ」
撫でてもらってゴロゴロと喉を鳴らす吉乃は安心しきった顔をしていて、両親だけでなく周囲の愛情をたっぷりもらって健やかに成長している様子が見て取れた。
「魔性の者たちは偽りを言いません。人間とは違う存在を愛せるなら……その眼鏡の贈り主を受け入れてあげてほしい」
「あっ、あの!」
ようやく頭が働き始めた。
「私、これの贈り主を知らなくて、今お仕えしている方からのものだって思い込んでて……わたっ、私は、家族も、幼馴染みも、友達も元気で生きてて、お仕えしてる方にも仕事仲間にも良くしてもらってて、現世に未練がいっぱいあるので、妖の世界には……」
つっかえつっかえ言い募るうち、白妙の表情は驚きから戸惑い、そして申し訳なさそうなものに変化していった。
「そうだったのですか。ごめんなさい、わたしはてっきり……怖がらせてしまったかしら」
「いえ! むしろありがとうございます! 最近急に鬼が見え始めた理由がこれで分かってスッキリしました。訳の分からないままの方が恐ろしかったです」
「それなら良かったのですが……」
表情を曇らせた白妙の心配は分かる。人の世で幸せに暮らしている忠子を妖が無理矢理攫わないかを懸念してくれているのだろう。
「お母さん、暑くなっちゃった」
「上せちゃったのね。ではわたしたちはこれで。もし何かあればまたいらしてくださいね。相談に乗れるかもしれません」
「あっ、あの、待ってください! ひとつだけ!」
美しい母子が振り返る。
「それ、書いてもいいですか……?」
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