私は地味子のはずだったのに
「なるほどー、そういうことだったんっスね! それじゃ念の為、悪意除けの札書いときますね」
(お薬出しときますねみたいなノリだな)
「焼いた灰を飲んでください!」
本当に内服薬だった。
* * *
飛香舎に帰り、すぐにお礼の手紙を書いた。しかし灰を飲むというのは抵抗があったので、別の紙に包み懐に入れて持ち歩くことにする。
(それにしても、悪意、かあ……)
鬼を出してしまうほど人に憎まれたことがあっただろうか。
もちろん自分が誰からも好かれる人間だとは思っていないが、そこまで憎まれるようなインパクトの強い人間だとも思っていなかった。
「あ……あれ?」
ぱたぱたっと手元に水滴が落ちる。
何だろうと見ているうちにまた一粒落ちて、やっと自分が泣いているのに気づく。
(私は何も変わってないのに……こんなの嫌だよ……恐いよ)
「……忠子?」
怪訝そうな声に振り向くと、珍しく素直に心配そうな様子の理知と目が遭った。
「ダッヂィい~」
「明式部にお願いして、人払いを」
ぐしゃぐしゃの顔で泣きついてくる忠子を見て素早く女童に指示を出し、御簾の中まで入ってくる。
「うぅっ……う~……」
理知はこういうとき下手に慰めるでなく泣かせっぱなしにしておく。
今も持ってきた柿を剥いて忠子の気が済むまでただ待っている。
「食べる?」
「食べる……」
「じゃ、顔拭いて」
懐紙で顔を拭い、まだしゃくりあげながらではあるが甘いものを口に入れると段々と落ち着いてきた。
「お゛い゛ひい゛……」
「そう、良かったね」
「うっ、ううっ……だっぢぃ、私、私ね……特に取り柄もない、普通……普通以下の、目立たない、地味子なんだよ……モテるどころか、話題にもならない……でもっ、その分、そんなに嫌われたり、叩かれたりする、のもっ……、なくて……」
「うん。誰とでも話せるけど華を競い合うような派手な連中はこっそり避けて、集団の端っこで嫌われないようにへらへらして、特に注目はされない、誰からも薄い印象しか持たれない子」
「タッチー、本当のこととは言え酷い……」
「そうやって好意からも悪意からも自分を守る。それが君の処世術だったんじゃない」
「今もそうだよう……」
「違う」
静かだがきっぱりとした切り返しに、思わず涙が引っ込んだ。
「……そうだね。徳子様の女房って立場なら周りは放っといてはくれないんだよね……私は何も変わってないのに」
「分かってない。君は変わったよ」
「タッチー……?」
「今日だって一人で陰陽寮に行ったんだよね。前なら初めてのところに一人でなんて行けなかったじゃん。臆病者の人見知りで……その癖、一度話し始めればすぐ気を許して、僕なんかそっちのけで打ち解けちゃうお調子者で」
(タッチーついて来て!)
(一人じゃ行けないよう、お願いぃいい)
(良かった、皆いい人だったね、タッチー!「しゃべってたのは君ばっかりだったけどね」)
思い当たる節がありすぎる。
「だから言ったのに。君に宮仕えは無理だって」
「うっ……うん……」
「この程度のことでこんなに傷つくなら、ここが君の限界なんだよ」
再び目尻に涙が滲み始めたら、理知の指が伸びてきた。
涙を拭ってくれるなんて初めてだ。こういうとき自然にこんな仕草ができるなんて理知はやっぱり女の子慣れしてる。
静かな声は掠れて、妙に甘い。
「ねえ、忠子。もういいじゃない。ここは君の居場所じゃない。家に帰ろう。その……その後は、僕と……」
「ちょおおっと待ちなさああああーーーーいっ!」
「ひいいいっ!?」
「お、織子様、空気読んで! 空気読んで!」
「ああん、いいところだったじゃないですかあー!」
几帳を蹴倒す勢いで踊り込んできたのは織子だ。後ろには覗き見していたらしい女房が数人いる。なんと明式部まで加わっていた。
年若い女房が制するのを振り払い、ビシッと理知に人差し指を突きつける。
「この心得違い男! 忠子は地味で影の薄い子なんかじゃないわ、もう暴漢にだって立ち向かえる自立した女性よ! いつまでもあんたの好みと思い込みを押しつけてんじゃあないわよ! それから忠子!」
「は、はいい!?」
「あんたも自分を卑下するのいい加減やめなさい!」
織子はずんずんと距離を詰め、しっかりと忠子の手を握った。
「確かにあんたは地位を得て、普通の女の子だったら一生向けられることなんてなかった激しい憎しみを受ける立場になっちゃったかもしれない。御所に渦巻く憎しみが他とは比べ物にならないぐらい強いのはあたしだってよーく知ってる。でも、その分、あんたに向けられる好意だって強いでしょ! 例えばあたしとか! いい、あたしは忠子のこと大好きよ!」
「は、はい……」
そうだった。
織子は忠子への好意と興味で文庫を建ててくれたのだ。
普通の女の子でいたら、絶対にあり得なかった。
「あのー織子様、それは僕の言う台詞では」
「黙ってらっしゃい!」
理知は控えめな笑顔ながら額に怒りマークを浮かべているが、織子も譲らない。
さらさらと衣擦れの音を立てて、女房たちも援護射撃をする。
「そうですわ。文車太夫様は地味と言うより奥ゆかしいという評判ですのよ」
「お文だって感じのいいものを何通かいただいてるじゃないですか」
「しかもくださる方は、決して派手ではないけれど温厚でひっそり好感度の高い方ばかり」
「すみませんその話詳しく」
追求しようと身を乗り出した理知だったが、女房たちは猫の姿を見た金魚のように衣を翻してサッと散ってしまった。
「忠子が辛い想いをするのは嫌よ。だから宿下がりしたいなら止めない。ただ……あたしが、あたしたちが忠子をどう思ってるのかは知っておいてほしかったのよ」
「お……織子様~……」
わけの分からない涙が溢れそっとこぼれ落ちていく。
分からないが、さっきとは違う理由で泣いているのだけは分かった。
とても温かい涙だということだけ、分かった。
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