【急募】和綴じ本の整理方法【捨てる以外で】
忠子が宮仕えを始めて一ヵ月が経った。
女房勤めは徳子のお世話が主な仕事だ。お化粧やヘアメイク、衣裳のコーディネイトから次に作る着物の色や生地の吟味、特に香に関してはそれぞれオリジナルの香りを調合していたから、調香師として雇われる女性もいた。
帝の妻たる者美しさだけではなく教養や世情についての見識も必須なので、教育係や情報収集班としての仕事も重要である。
有力貴族が娘の女官に優秀と名高い女たちを集めたのはそういうことだ。
女官の質が姫君の格となる。
(だから、源氏物語が人気になった紫式部を藤原道長は無理矢理召し出したんだったっけ)
陰キャの紫式部は死ぬほど嫌がったが権力には逆らえず、泣く泣く出仕したら初日からいじめに遭い、アホガールを装うことでどうにか切り抜けたという。
涙なしには聞けないエピソードである。
クラスどころか国内最高峰カーストに陣取る女たちだ。プライドの高さたるやエベレスト級だっただろう。
「一冊いい物語を書いただけでクソダサ女が私たちのグルに入ってくるとか正気?」
「日本紀の局なんでしょ? キモすぎ、同じ空気吸いたくない」
「そんなレベルの低い女と一緒にされてしまうなんて困る。実家の名前にも傷がつくじゃないの」
「道長様のご命令には正面切って逆らえないけど認めないわ」
「自分から出て行くように仕向けてやる」
「でも源氏物語は面白い」
紫式部は幼い頃から女のくせに勉強ができて煙たがられていたと聞くから、源氏序盤の桐壺更衣が他の妃から受けた仕打ちなんかは、その辺りが織り込まれてたりするのかもしれない。
(私は恵まれてるよなあ)
「文車太夫、ちょっといい?」
「はいぃっ、何でしょうか!」
「土佐日記、お持ちかしら? あったら貸していただける?」
「ええ、どうぞどうぞ喜んで!」
「文車太夫、ちょっといいかしら? 『よそにても~』ってお歌、どの本に載ってたかしら、最近聞いた気がするんだけど」
「最近なら『将門異聞』じゃないでしょうか? えーと、確かここの上から三番目ぐらいに……あった、これです」
「まあ、ありがとう」
「文車太夫、今の物語の流行ってどんなもの?」
「はいっ、注目の作品はこちらです!」
「どれも面白そうですわね……でも入手できるかしら」
「この印をつけてあるものは書司に話を通して一部ずつ届けてもらう手配になってますよ」
「さすがですわ。読み終わったらわたくしに回してくださいましね」
「殿方との共通の話題になりそうな書物はどれか、聞いてあげてもいいのよっ!」
「これは織子様、それならこちらの碁の兵法、お勧めです。盤上の孫子と評判ですよ。碁譜もどうぞ」
「ちょうどいいわ。信孝の奴、今度来たらけちょんけちょんに負かしてやるんだから……」
「仲がおよろしいんですね」
「はあ? あ、あたしと信孝が、な、仲……ッ! そ、そ、そんな訳ないじゃない、バカバカ、バカ忠子っ!」
本のことは忠子に聞けば大体分かる。
物語が気に入られ、身分不相応に女官になったという境遇は似ているが、ちょっとした生き字引扱いで重宝されている。
生き字引と言おうか、本の妖精さんと言おうか、はたまた大型書店の検索機と言うべきか。小心で舐められることは多々あるものの、意外とコミュ力は高いしニッチなところにすっぽりハマる才能はあった。
一部の女房には完全に下に見られてはいるが、入内してからも徳子が「忠子を呼んで」と差し招いて親しくお話などなさるので露骨な嫌がらせをされることはなかった。
この頃になると徳子の父である右大臣にも顔や名前を覚えられ、様々な本が送られてくるようになった。
他にもたくさんの書物が集まってくる。
そうなると必然的に明式部がため息をつく事態になった。
「……あなたの部屋、もはや限界ではなくって?」
忠子の部屋は見渡す限り本で埋まった。
前世から母に口うるさく言われていた。床と収納の区別がつかない子だと。別の人生を生きてもこんなところは変わらないようだ。
机と寝るスペースだけは確保しているが、他はほとんど本で埋め尽くされている。
(ああもう、着物とか処分したい、この半分でいい!)
しかし自分は帝のお妃の女房であり、お洒落に手抜きは許されないのだ。どんなに辛くてもハイヒールで出社しなければならない職場ってこんな感じだろうか。
だが本に囲まれた生活。忠子にしてみれば夢のような理想の環境だった。
こうしてみると、後世に伝わらなかった著作物のなんと多いことか。この時代紙は貴重ではあったが、驚くほど多くの本が作られている。面白いものもたくさんあった。
(もっと多くの人に読んでもらいたい)
淡いオレンジ色の表紙を撫でて思う。装丁も素敵だし、中は流行りの表現をふんだんに使った句を集めた素晴らしい本だ。だが局の中で自分たちが読んだ後は死蔵されていくばかり。
表紙の内側にさり気なく漉き込まれた紅葉の一葉が、収められた「気づかれない恋心など、ないと同じでしょう。この和歌も誰にも読まれず数多の名もなき歌の中のひとつとして消えていくのだわ。この私のように」という和歌の哀切を訴えるようで切ない。
ついでに零細WEB小説家や同人作家の嘆きのようで身につまされる。
「お部屋を整理しましょうよ。もう読まない本あるでしょ」
「ひいっ?! ま、またいつか読むかもしれませんし! 手放すなんてとてもとても!」
「でも増やさないって選択肢はないんでしょう? だったら片付けなくちゃ」
「わ、わたくしには読了本でありますが、世界にはまだこの子たちを読んでいない方の方が多いんです! それを闇に葬るなんてわたくしにはできませんっ!」
「ああもう、うるっさいわねえ!」
女房になるには少しばかり若すぎる少女が、片手に碁譜と碁の指南書、片手には舶来のお菓子がこんもりと詰め込まれた籠を手に仁王立ちしていた。
「お、織子様……」
「この本返しに来たわ。あたしが完全勝利したときの信孝の泣きっ面、あんたたちにも見せてあげたかったわよ。こっちは戦利品として巻き上げて来たの、皆で食べましょ。でもなんであいつ、しょっちゅうお菓子なんて持ち歩いてるのかしら。男が甘いものが好きなんて軟弱だわ」
信孝はいいところのボンボンで織子に気があるようだ。父親が貿易に携わっているから舶来品が手に入る。だが高飛車な性格で似た者同士なのが災いし、顔を合わせれば喧嘩をしている。
(巻き上げたって……信孝様、普通にくれるつもりだったと思いますよ……)
(でもそれができないから信孝様よねえ……)
(多分少しはわざと負けてくれちゃったりしてるわ)
(いつ、どちらが素直になるのかしら)
女房たちが微笑ましい半分やきもき半分で目配せしあう中で通りかかった女童に茶の用意を言いつけて菓子の籠を預けると、織子は再び忠子に向き直った。
「話は聞いたわ。置き場所がなければ作ればいいじゃないの!」
「へ?」
かくして、庭園の一角に蔵が建てられたのである。
* * *
織子は徳子の姪にあたる。
まだ十一歳の少女で、女房仕えをさせて教養や行儀を学ばせたいとの父親の意向でここにいる。
とは建前で、大好きな叔母様と離れ離れになるのは嫌だと散々駄々を捏ねた結果であった。
「織子は行けないのよ。一緒に行けるのは女房たちだけなの」
「じゃあ、織子も女房になります! いいでしょ、お父様!」
(むむっ、前例はないことだが、宮仕えをするような優秀な女たちの間で育てば行儀や教養も身につくだろう。織子自身は入内しなくとも、この子の娘は東宮妃にしたい。局の様子を見ておくのも有利な経験になるな)
「しょうがないなあ」
「やったあ、お父様大好き!」
「その代わり、女官たちは皆お前の先生だ。言うことを良く聞いて勉強し、誰にも負けないお姫様になるんだよ」
「はあい、お父様!」
いいお返事をしたが子供のこと、局の中で無邪気に振る舞っては皆を振り回している。
つまり初めから横車を爆走させてきた、絶大なる権力者の娘なのである。
帝の妃のお住まいの一角に、蔵を建てるぐらい朝飯前なのだ。
「は、はうあ……この蔵を全部本で埋めていい……本棚ぎっしり置きたい……いつか独立したら書斎が欲しいとは思ってたけど書斎どころか別棟の書庫……夢の空間……」
膨らむ夢を抱えきれず蔵の前で呆然自失の忠子に、織子はくるりと向き直った。
「それで? あんたは何がしたいの?」
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