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―3―

 城から一番近くの薄い瘴気溜まりが点在する森にて実践経験を養う。


「自分を中心に円を描くようなイメージで力を広げて! それを放射線状に放つ!」

「だからっ、そのイメージつーのが難しいんだって!」

「円はマドカの円でしょ!」

「それ全く関係ないからな!」


思ってた通り、名前は『松下 円』であっていたので言ってみたのだけど、まぁ言う通り全然関係ないな。言ってみたかっただけだ。


 瘴気溜まりから現れる魔物を、その大本の薄いグレーの溜まりごと浄化し終え、少し息をあげたマドカにどうぞと冷たい果実水を渡す。

 実践練習も一週間を過ぎ、今では俺が手を貸さずとも一人で浄化を行えるようになった。

 

 そこまでのやる気をみせるのは兄さんの為だと思うとやるせないが、そのやる気を削ぐわけにもいかない。

 だって俺以外の兄弟たちは今日も戦いの前線に立っている。

 俺の今 最優先の仕事はマドカを完璧に仕上げること。そしてそれは彼女を危険へと誘うことであり、だけどその身を守ることでもある。

 その矛盾にため息が落ちる。



「なぁ、そー言えばさー」 


 果実水を持ち木陰で胡座(あぐら)を組むマドカが横に立つ俺を見上げる。

 ちなみに召喚時着ていたミニスカJK戦闘服は、姉妹が日頃着ている優雅な戦闘服へと変わったが、サイズ的にナディアのでも少し大きく、マドカの手に寄ってお気に召す改変がされている。

 でも出来ればもう少し露出は控えてもらえるといいのだけど…。


 まぁそれは置いておいて。


「アンタの元の名前は?」

「―――え?」


 何気なく尋ねられたそれに一瞬虚をつかれて。再び「な・ま・え!」と短く区切るように言われ、ああ!と思い至る。


「えーっと、ササキ…、タイチ……?」

「何で疑問系?」

「ちょっともう薄れてきちゃってるというか…、漢字は流石に忘れたよ」

「………知らない名前だな…」

「―――え?」

「や、知ってる奴なのかなぁって」


 そう言われて、何とも言えない表情になる。


「それは……、ないかと」

「そうか?」

「……そうだよ」


 例え同じ学校で同じ学年だとしても、彼女が俺を知ることはなかったと思う。

 マドカの容姿はヤンキーであることを差し引いてもカーストの上位にいるもの。性格はキツいが基本的には明るいし、根暗陰キャの底辺にいた俺はとは違う。

 きっと同じクラスだろうと存在すら気づかれず、こんなふうに話すこともなかっただろう。

 俺は教室の片隅でマドカがいる華やかなグループを羨望の眼差しで眺めるだけ。

 そんな場に、俺など混ざれるどころか掠るはずもなく。もし横に立てるとすれば同じカーストの頂点にいる兄さんみたいな人だ。


 現にマドカがこの世界に来て、直ぐ横にいれることに浮かれポンチになっていた俺は、彼女の置かれた特殊な現状にハタと気づいたのは既に数日経った後だった。

 


「マ、マドカさん! ごめん! そう言えば俺っ、全然忘れてたんだけど、君の家族とかはっ……!?」


 そうだった。マドカは突然こちらに連れて来られたのだ。向こうには家族だって友達だっていただろうし、恋人…だっていたかもしれない。

 それはマドカにとって一番必要なことだったはずだ。帰りたいとか寂しいとかそんな素振りを全く見せなかったので失念していた。


( 浮かれ過ぎだろう、俺…… )


 そんな慌てる俺に「えー、今さらそこかよ?」とマドカは呆れた顔で笑って。


「うん、まぁ、それに関してはアルバートさんとは話ししたからあんまり気にすんな」

「………兄さん、と…?」

「アタシにも色々事情があってね、だからマジで気にすんなって。 ほらっ! この話しはこれで終わりだ!」


 早く授業始めろよ!とその事情というものを話すことなく。俺にはマドカ自身の向上を急かす言葉をだけを吐く。



 そう――。兄さんは、次の日にはちゃんとマドカと必要なことを話していた。

 俺がただ浮かれている間にも。


 完璧な兄に任せることが一番良いだろうことは知っている。けどそれを素直に受け入れられない自分が少しばかり嫌になる。



「ジョシュア、マドカ」


 ふいにこの場に響いたのは耳に心地よい明朗な声。

 今一番聞きたくなかった声。


 俺は振り向いて穏やかな笑みを浮かべこちらへと歩いてくる長兄を見る。

 赤みを帯びた濃いオレンジの髪が風に揺れ、僅かに細められた蒼穹の瞳は、前髪で隠れた俺のものと同じだけど、兄さんの瞳だというだけでそれは宝石のように煌めく。

 転移による魔力の残滓の輝きもまるでその体自身が発光しているようだ。

 

 眩しさに、思わず目を眇めた俺の横で、立ち上がったマドカの感嘆のため息が聞こえ、次に訪れるだろう言葉を聞きたくなくて俺はその場を離れ兄へと近付いた。

  

「兄さん、どうかしたの? 何か大変なことでも?」


 兄の悠然とした態度を見る限りあり得ないだろうことはわかった上で尋ねれば、兄は笑って、「様子を見に来ただけだよ」と視線を俺の後ろへとずらした。

 それは背後にいるマドカへと向けて。だから一歩引いてその進路を開ける。それはごく普通の行為だというのに棘が刺さったように胸がズキリと痛んだ。


「やあ、調子はどうだい?」

「はあ、ええまぁ…、何となく…」

「森の空気が随分と違うようだが」 

「一応、この辺りの瘴気は全部浄化出来たみたいっすね」

「なるほど、思ったより順調なようだね」

「先生がいいんすよ、きっと」

「ジョシュアが? へえ、なるほど……」

 

 チラリと兄がこちらに視線をやり、それに曖昧な笑み浮かべてから一人 木陰へと戻った。まだ後ろから聞こえる二人の声に、またズキリズキリと胸が痛む。

 その痛みを押して、木陰に散らばる荷物を片付けながら対話する二人を遠く眺める俺。

 カーストの頂点と底辺。教室の中央と片隅。これこそがあるべき姿なのだ。


 「おーい!」と、向こうからマドカが手を振る。


「アルバートさんが少し上級者向けのとこに連れてってくれるってさー。ねぇ、アンタも、」

「俺は荷物もあるし先に帰るよ。あ、それから上級向けに移行するならこれからはアルバート兄さんについてもらったらいいよ。 うん、じゃあ!」

「え? あっ、おいっ――、」


 何か言おうとしたマドカに、僅かに残るプライドで笑顔を作ると、俺は素早く転移の魔術を練りそれに身を委ねた。

 これ以上そこに居たくなかった。二人の姿を惨めな気持ちで眺め続けたくなかった。




 その日以降、俺は魔術研究所の棟に閉じ籠った。


 別にそれが今までの俺の普通であり、ここ最近のマドカとの交流の方が異質だったのだ。だからこれは日常に戻っただけ。


「ジョシュア兄さん無理だよ、これじゃあ水の圧縮が保てない。地の性質を上げないと」

「そっかぁー、ナディアが言うならそうなんだろうけど……。 うーん、地か……。じゃあアンディに、」

「何でそこでアンドルー兄さんなの?」

「え?」

「地の魔法ならアルバート兄さんだよね?」

「えっ、あ…、うん……」


 異なる魔力を組合せ、更に強力な魔法を生み出す術式の構築をただ黙々とこなす俺に、今日ヒマだからと手伝ってくれていた(ナディア)は訝しげな目で見た後深くため息を吐いた。


「思いっきり避けてるよねー、もう十日間も城に戻って来ないし」

「…………」


 四歳も年下の妹の呆れた声に、咄嗟に返す言葉が出ない。


「………色々と忙しいんだよっ」

「ふーん?」

「一応俺は研究所(ここ)の責任者だし、新しい魔法だって考えないといけないし」

「でもそれは前からそうだよね? 城に戻らない理由にはならないよね?」

「それは……っ」


 だって城にはマドカがいる。そして当たり前だけどアルバート兄さんも。


 ナディアは俺より少し薄い空色の瞳を細め「マドカは――」と言葉を紡ぐ。


「………どうしてるか気にならないの?」

「………アルバート兄さんがついている限り大事にはならないだろ…」

「ふーん?」


「――ああっ! ジョシュ兄ぃ見っけー! 

 って何、ナディアもいるじゃん?」


 急に割り込んだ声は弟アンドルー。「私はジョシュア兄さんのお手伝い中」と答えるナディアと俺を交互に見て微妙に不満な顔をする。

 そんな弟の更に後ろに続いた長身の男、次兄ユージーン。

 

「やぁジョシュア、久しぶりだなぁ」


 と、甘い顔に浮かぶ笑み。 でもその背後に、前世で言うところの仁王像が見えた気がして俺は思わず目を泳がせた。


「あー……、ジーン兄さん、久しぶり…?」

 

 ぴくりと、笑顔が揺ぐ。


「………………久しぶり、……だぁ? ――おいっ! いい加減にしろよ!」

「な、なんだよっ、そっちが先に久しぶりって言ったんじゃん!」

「そういうことじゃない! お前、母さんと姉さんが心配してるだろうが! 飯食う時くらいは城に戻れよ!」

「やだよ!」

「はあぁ!?」

「ねぇ、ちょっと落ち着いたら?」


 末の妹の呆れた声に嗜められて、ユージーンは苦虫を噛み潰した顔でゴホンと一度咳をついた。


「ともかくっ、……母さんには後でちゃんと顔を見せろ」

「…………」

「見せろよ?」

「…………はい」


 渋々と答えれば、次兄は俺の頭にポンと手を起きグシャリと髪を乱した。そして言う。


「それとマドカのことだが、」


「それ――、俺が聞かないといけない話し?」


 置かれた手を不機嫌に払いのけながら、俺は机の上の途中だった術式の検算へと視線を落とす。

 ナディアもだが、なんでわざわざ俺にマドカの話しを振ろうとするのか。


「いや、そうではないけど……」

「じゃあ必要ないよ。城にはちゃんと戻るから、俺も忙しいしジーン兄さんもまだ忙しいだろ? 早く戻れば? あ、ナディアもありがとう、後は大丈夫だから」


 とりつくしまもない俺の態度にユージーンは小さく嘆息を漏らし、ナディアは軽く肩を竦め立ち上がる。

 そして部屋を出ていく三人に、そういえば。と思い出して声をかけた。


「アンディ、ごめん忘れてた。地の魔法でちょっと教えてもらいたいことがあるだけど」

「え、俺? 地ならばアルバ…―――や、わかった、何?」


 一人戻って来たアンドルーに、さっきナディアとしていた術式の話しを繰り返す。悩んでいた部分は少し手を加えることであっさりと解決の糸が掴めた。


「ありがとう、これなら何とかいけそうだ」

「どーいたしまして。それにジョシュ兄ぃが新しく作る魔法は戦場ではめちゃくちゃ重宝するからねー、役に立てて嬉しいよ」

「逆にこっちこそいつもごめんな、アンディたちはちゃんと前線に立ってるっていうのに俺は……」

「そこは適材適所だろ」


 ビビって戦場にも出れないチキン野郎な俺を、気にしない!とニッと笑うアンドルー。我が弟ながら出来た奴だ。

 と、いうよりも兄弟全員が出来た人間である中で俺だけが不甲斐ないだけなのだけど。


「ジョシュ兄ぃはさー、ちゃんとやれてるよ。それを見せる場所が違うだけだから。 それにジョシュ兄ぃのおかげでマドカはもう戦場にも参加出来てるし」

「―――え?」

「ん? ああ、大丈夫だよ。言っても前線にいる訳ではないから」


 そこは大丈夫だとアンドルーは繰り返す。

 唐突に聞かされて、思わず反応を返してしまった。

( マドカがもう戦闘に参加している? )


 弟が言うように危険な最前線にはいないのだろうとは思うが、戦場は戦場だ。何があってもおかしくはない。


 乾いた笑いが心の中で零れた。

 ついこの前召喚された少女は既に戦場にいて、同じ国から随分と前に転生した俺は安全な部屋にいる。


 紙の上でぎゅっと握りしめたペンが軋み、同時に、でも――と首を振る。



( マドカには兄さんがついている )


 それはきっと何よりも安全のはずだ。


 「……そう」と小さく声に出して、俺はまた机へと視線を落とした。




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