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―2―

「さっきのイケメン長兄がアルバートで、長姉がローデリア。そんで次兄がユージーンでこっちが一番下のナディア。そして俺は四男のアンドルー、あ、アンディでいいよ! よろしく、マドカ!」


 誰とでもすぐに仲良くなれるという特技をもつ弟と興味津々らしい妹が、金パツ少女と話すのを少し離れた場所で眺める。


 マツシタ マドカ――と召喚聖女は名乗った。

 漢字で書くとすれば、『松下 円』だろうか?



「ねぇ、ところでさー、……アレ何?」


 言葉遣いは多少、いやかなりキツいけど、顔に似合う可愛い声の持ち主であるマドカがそう言って指差すのは、ひとり部屋の片隅で隠れるように膝を抱える俺だろう。

 

 大聖堂から城の貴賓室へと移動したのは、金パツ聖女(マドカ)と弟アンドルーと妹ナディアと俺で。兄さんたちは別室でこれからの対策会議中だ。


 マドカの指先からこちらへと視線を向けたアンドルーは、俺と同じ白髪に毛先と根元だけオレンジのグラデーション頭をポリポリと掻きながら言う。


「あー………、ジョシュ兄ぃはメンタル弱々だから、マドカに怒鳴られてイジケてるんだと…」

「そうなの、ジョシュア兄さんってば、ティア・ラビットみたいにすぐに泣いちゃうから取り扱いに気をつけてね」


 そう付け足したのはナディアだ。


 ちょっと待て。と、心の中で反論する。

 俺は別にイジケてもないし、泣いてもいない!


 大体、ティア・ラビットは赤い瞳からポロポロと涙を流してるけど、あの涙は猛毒だからな! 可愛い見た目に反して意外と危険な魔物なんだぞ!

 

 魔物なめんな!と、険を込めて見返すのだけど、俺の前髪は視界を隠すように鼻先まで伸ばされているので向こうからは見えない。

 逆にこちらからは比較的きちんと見えるその先で、マドカの「あー……」という何というか不憫な子を見る視線はバッチし見えて更に凹む。

 …………いや、凹んでもないし!



「――ねぇ?」

 投げらかけられた声。


「…………何?」

「そこからじゃ話しずらいし、こっちくれば?」

「……………」


 言われて、すごすごと部屋の隅っこからソファーの端に着座した俺を弟と妹がニヤリと見る。それに顔をしかめた俺。……何だよ…?

 そんな兄弟間の心情なぞ気にすることなく、呼んだ本人は話を続けた。

 

「アンタさぁ、さっきアタシのことヤンキーって言ったじゃん?」

「あっ…、う…、うん……ごめん」

「や、別に謝れって言ってるわけじゃねーし」

「………うん…」


 呆れたように呟いた聖女は組んだ足の上で片肘をつく。


「よくわかんないんだけどさぁ、この世界にヤンキーっていう言葉の定義があんの?」

「――っ! いやっ、その、」

「ないよ、俺の知ってる限りは。だから、『ジョシュ兄ぃ、またやってる~』って思ったもん」

「また?」


 答えたのはアンドルーで、重ねて疑問を呈したのはマドカ。

 そして返答に詰まる自分に代わり、次に答えたのはナディアだ。


「ジョシュア兄さんはね、前世の記憶があるの」

「――は? いや、前世って…っ」

「うん、驚くのは当たり前のことだと思う。だけど本当なの。それはこことは違う世界で、時々この世界では通じない言葉を使うの」

「だからさ、言動がちょっとばかしおかしいかもだけど多めに見てよ! ジョシュ兄ぃに悪気は全くないから」


 そう、家族とこの城にいる大半は俺が前世の記憶を持っていることを知っている。 昔俺が頑張りの末に病んだ時、大声でぶちまけたからだ。

 それを家族は信じてくれた。だけど周りはドン引いた。 腫れ物に触るような態度や、影でひそめきあう声や嘲笑。それで俺は更に病んだ。

 だから言葉を選ぼうとしたのに、何であっさりさっぱり話しちゃうかな!?

 まぁ最初にしくじったのは俺だけども!


 きっと同じようにドン引いているだろうマドカの顔を想像してチラリと視線を送れば、彼女は先ほど驚いた声をあげていた割には、今は「ふーん」とどうでも良さそうな態度で。

 恐る恐る尋ねる。


「……引かないの? こんなオカルト的な話し?」

「んー? だってそのままがそのままなんだろ?  大体さー、アンタのおにーさんが話した内容の方がよっぽどアレだから」

「まぁ…、そう、なんだけど…」

「それに、アタシが所謂不良でヤンキー……なのは事実だし」

「いや、ホントッ、ごめんなさい!」

「だから謝るなって言ってんだろ! 事実なんだから。面と向かって言われて怒ったこっちも悪かったよ」

「そんなこと……っ」


 今さらながらに配慮が足りなかったことに気づく。

 俺だって真っ正面から「根暗オタク」って言われたら怒――……るかな? どうだろう? 

 イジケはしそうだけど……と、謎の自問自答をしていれば、


「―――なぁ? で、結局ヤンキーって何なんの?」


 と、不思議そうに口を挟んだアンドルー。

 聞かれて、咄嗟に言葉を詰まらせた俺を尻目にマドカはさらりと言う。

 

「アタシみたいなの」

「聖女ってこと?」

「あはははっ! 全く逆だし!」


 ヤバい、笑える、お腹痛いと本当にお腹を抱えて笑う。


「えー、どーゆーことだよ逆って?」

「だーかーら、そのまんまの意味だって、……なあ?」

「え!? ――あっ、うーん…」


 おかしそうに笑うマドカに話しを振り戻されて、やっぱり言葉に詰まる。

 そんな俺に今度はナディアが口を開いた。


「ジョシュア兄さんはさ、わかってるってことだよね? それって……」


 どういうことなの?と、首を傾げるナディアは我が妹ながら可愛い。アンドルーもそうだが、兄弟全員見た目が良い。

 でもマドカはそういった見た目とは別の――、要するに日本人的な、俺好みの可愛さで。やっと笑いをおさめてこちらを見たマドカもそれに関して興味があるのか僅かに首を傾げ、ぶっちゃけマジで可愛い。

 口の悪さとかヤンキーであるとかどーでも良くなるほど可愛い。ヤバい。ドンピシャ。メイド服着て欲しい。

 「ジョシュ兄ぃ、表情がヤバい」とアンドルーの指摘に、ゴホンと咳をつきつつ意識を戻す。


「マ…、マドカさんがいた世界と俺の前の世界は多分同じだと思うんだ」


 マドカさんてー。と苦笑するアンドルーは無視だ。


「あー……、じゃあ、日本人?」

「うん」

「その顔で?」

「……うん」

「へえ」


 確かに日本人とは言えない顔立ちの現在。だから未だに鏡に映る自分に馴染めなくて前髪を伸ばしてるワケで。

 基本的には良く似た顔立ちのアンドルーがこちらに身を乗りだしながら言う。


「じゃあさ! マドカのことはジョシュ兄ぃが見てあげればいいじゃん!」

「――はっ!? なっ!?」

「そうだね、取りあえずはこの国に馴染んでもらわないといけないし、マドカは魔法使えないでしょ?」

「魔法……? あはっ、何、アタシも使えんの?」

「だよ、聖女なら私たちとは違ってもっと特別なものだろうけど」

「……へえ…?」

「ジョシュ兄ぃはさ、……オタク? だっけ? そーゆーのらしいから特別な魔法とか細かい色々は得意なんだよ」

「へぇー」

「いや、あの……」


 黒い瞳が好奇心をもってこちらに注がれ顔が熱い。アンドルーにはナチュラルにオタクであることをバラされたけど、マドカは気にしていないようなので弟妹には心の中でグッジョブ!と親指をたてる。

 だけど表面状は、「取りあえずはアルバート兄さんに確認しないと」と、一応の平静を取り繕った。

 

 



 聖女様が了承するならばと。会議室から出てきた兄さんを捕まえてからの提言は、

「アタシは別にそれで構わないけど」

 マドカのその一言であっさりと許可が降りた。


「後は私が陛下に話しておくから、お前たちはもう部屋へ戻れ、聖女…いや、マドカも。今案内を呼ぶから」


 兄さんの口調が聖女(マドカ)に向けても弟妹(俺たち)と同じものになっていて、マドカが少しこそばゆい顔をした。

 

「ライバルがアル兄ぃだと勝ち目はほぼないよねぇ、ジョシュ兄ぃ」

「………何のことだよ」

「や、別にー」


 ニヤリと笑うアンドルーを、横目で睨みつつ小さくため息を吐く。

 兄さんはなんたって誰もが認めるイケメンだ。しかも性格も完璧で何もかもがパーフェクト。向かうとこ敵なしだ。魔王以外。

 

 もう一度小さなため息を吐いて、俺たちとは一回りも違いそうな、日本人であれば平均だろうけど、案内の侍女と並んでも尚小さい金パツ聖女のその背中を見送った。








 聖女の力は予想通りと言うか。


 《浄化》という形の魔力だった。



「浄化ねぇー、掃除が得意そう…」

 

 自分の広げた片手から立ち上る靄のような揺らめきを指先でくるくる回しながらマドカはボソッと呟く。

 その言葉はあながち間違ってはいないなと苦笑する。


 魔王が生み出す瘴気の澱み、穢れを浄化する。謂わば綺麗にすることが出来るのが聖女。 であるならば、まぁ言葉通りだ。


「アタシはさ、どっちかっつーと炎をぐわっと出したり、雷をドカンと落としたり、氷をぶわっと降らしたりしたいんだけど?」

「魔法には適性があるから」

「アンタは?」

「一応五大エレメントは全部扱えるけど」

「へえ、スゴいじゃん」

「うーん…」


 誉められて素直に喜べないのは、全てがそこそこでしかないから。言うならばただの器用貧乏だ。他の兄弟たちのように特化したものがないということ。


「でもマドカ…さんもスゴいよ! 一週間もかからずに魔力を形に出来るようになったんだから」

「だから、マドカでいいって。アンタの方が一つ上じゃん」

「うん…、まぁ、それはぼちぼちで」

「何ソレ。にしてもアレだよ、先生の教え方がいいんだよ。ね、先生?」


 覗き込んで不敵な笑みを浮かべるマドカにぐっと背を逸らし慌てれば、そんなんで照れんなよ。と屈託なく笑う。

 ヤンキー特有というのか、仲間と認めると一気に近しくなるのは正直困る。距離の取り方がいちいち近い。オタク気質とは相容れないのだ。 

( ……人の気も知らないで… )


「まぁ、それはどーでもいいんだけど」


( 人の気も知らないで! )

 

 


「………だってさ、求められたから」

 

 指先で、まだ自分の魔力を弄びながら再び呟かれた声に視線をあげる。


「アタシを必要としてくれるって言うならちゃんと答えたいじゃん」

「…………」


 それは兄さんがマドカに言った言葉。


 ああ…、それで。

 彼女は決心したのか。


 形を成したばかりの感情がぴしりと軋む。


 唇を噛む。眉間には深い縦溝が幾つも刻まれているだろうけど、長くした前髪で隠されていることが幸いだ。


「………じゃあ、明日からは実践に移ろうか。その方が()()()には向きそうだし」

「お、いいね! わかってんじゃん」


 そう言って嬉しそうに笑うマドカに、無様に震える声がバレないように、「明日の為に今日の講義はここまでにしよう」と、早口に告げ席を立った。




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