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短編です、五話で終わります。
自分が前世を思い出したのは確か十三歳の頃だったと思う。
図書室にて何かを調べようと大量の本を机に積み上げた時。
( こんな面倒くさいことしなくてもスマホが一台あれば済むのに…… )と。
そう漠然と浮かんだ考えに、パカリと口が全開になった。いや、マジか……。
そこから全てを思い出すのは一瞬で。
自分は所謂オタクと呼ばれる部類の人間だった。
ひとつのものにのめり込むタイプのオタクでは無かったが、一般受けされるものとは程遠いものばかりに夢中になるような。
まぁそれはいい。
要するにこれは異世界転生というやつではないかという結論になった。
何故ならこの世界には魔法があり、剣で戦う騎士がおり、そして敵対する魔王という存在がいた。それこそまるでゲームや小説のような話。ちょっとワクワクしてしまったのは仕方ないと思う。
だけど、自分の身の上がその魔王を倒さんとする大国の、四番目とは言え王子であると改めて認識した時には、「えぇ……、マジで……?」と、折角のワクワク感は瞬時に霧散した。
だって、前世 人見知りの根暗オタクだよ?
はっきり言って王子という柄ではない。しかも国の期待を背負い魔王と戦う最前線に立たなければならない立場だなんて。
大体自分は引きこもって独り部屋で机に向かっている方が心安らぐタイプだ。 民の為、国の為、人々の前に立てなど死ねと言われてるようなもの。 いやそもそも、戦うんだから普通に死ぬじゃん?
( って言うか、俺って死んだの? 転生って言うからにはそうなるよね? )
自問自答してもそんな場面は全く浮かばなかったのでそこは諦めた。自分が流される性分で良かった。
だったら。それならば。
よし!もう潔く受け入れよう!
そうだ、俺は生まれ変わった!
見た目もそれ程悪くない。しかも王子だ。今世はパリピも夢ではない!
魔法もそこそこ使えるし、魔王だろうが何だろうがやれるだけやってみようじゃないか!
と、思ったけれど。
生まれ変わろうとも性格ってあまり変わらないもんだよね。うん、やっぱりムリだわ。
大体、兄姉兄、そして弟妹。 全員が、優秀、秀才、天才、華美、可憐、秀麗で、困難に負けぬ胆力、民を導くカリスマ性、逆境にも耐えうる精神力を持ち、剣も魔法も扱えるスーパーエリートたち。
自分も頑張ったんだよ。三年は。
いや、無理。本当に無理。無理無理無理無理無理。
病んだ。そりゃもう……色々と。
おかげで皆諦めてくれたらしく、そこからまた二年の月日が流れた現在。
王子王女の活躍で国が危機に瀕することはなかったのだけど、かといって魔王に対して決定的な打撃を与えることも出来ず。
今は押さえられてはいても魔王とは違い人間は歳を取る。それは王子王女であろうと逃れることは出来ないもの。
老化による衰えはやがて来る。力の均衡は何れ傾くのが道理だ。
だからこその今。
それを見越し、国王が最後の手段に出た。
―――召喚術。
秘められた文献。そこに記されていた儀式。
異なる階域より神人を呼び寄せる術。
魔王を唯一滅する聖なる乙女、聖女を。
これはあれだ。 異世界召喚ってやつじゃん。
しかも聖なる乙女は、魔王と同じ何にも染まらぬ深淵なる黒を身に纏うという。
ようするに黒い目と黒い髪。
確率でいうとアジア人の可能性大。お決まりパターンでいうとやはり日本人の確率高。
そしてもれなく、前世の俺も日本人だ。
( え、ちょっと待って、テンション上がるんだけど! )
なんてったってこの世界には、ザ・日本人顔がいない。そう、みんな彫りが深いのよ…。
かくいう自分も今はそっち側であるわけだけど、前世の俺は典型的な日本人だった。顔も体型(足の長さ)も。
ついでにいうと、両親も親戚も友人も同級生も、何なら近所のオッチャンオバチャンもザ・日本人だった。
和みたい、安心したい、平たい顔民族を見てホッとしたい。
そんな状況的にはアウトな、なんとも言えない不純な動機で王子王女と共に儀式に参加した、安定の隅っこで。
新月の夜の大聖堂。
儀式を行う国王、神官たちと国の重鎮数名。そして王子王女(俺を含む)
そんなメンバーが見守る中、儀式は滞りなく進み。
王の魔力を得て光輝く魔方陣は一人の少女を召喚した。
息を飲む気配と、走る衝撃が辺りを包む。
「………これは失敗か…?」
小さく呟いたのは目の前にいる三つ上の次兄か。
その発言は、現れた少女の髪色のせい。
黒髪であるはずの聖女が金パツであったから。
そう、金パツ。金髪というより金パツ。
キンキンキラキラな絶対的なブリーチ感。
毛先の痛みがちょっと気になる。
ひとり全く違う方向に意識を取られている中、戸惑う周りを少し安心させたのは、視界を庇うように置かれていた手が退けられて、少女の黒い瞳が見えたから。
だけど今度は逆に、俺一人だけ衝撃を受ける。
( マジで………っ!? )
日本人だと思う。多分きっと。
思うのだけど……、
( ザ・日本人顔じゃないじゃん……っ! )
言うならば、クラスで必ず目で追ってしまう女子とか、部活のマネージャとか、たまたま入ったコンビニの店員さん(?)とか……、
よーするに可愛い!
平たい民族からちょっと逸脱してる方!
ヤバい! 可愛い! どうしよう!?
マジ可愛い!!
ちょっと目尻のあがった大きな目と小ぶりな鼻はつんと少し上を向き、口紅を塗っているのだろうローズピンクの唇はふっくらとしていて、
「―――ああ゛? ……んだよ、これ?」
そこから零れ落ちた声も、可愛………、
…………………………ん?
「マジなんだよ、ここ。 ってか、アンタたち誰よ?」
( んん? )
「私はこの国の王だ。君をここに召喚した」
国王が答える。
「は? この国? 王? ……何言ってんのアンタ?」
金パツ少女はふんぞり返るように腕組み、この国の王へと残念そうな眼差しを向ける。
それは「頭だいじょーぶ?」の眼差し。
声には出さずとも視線が完全にそう語ってる。
( う、わー…… )
「わーぉ、やるねぇ」
「え、聖女だよね…?」
面白そうに呟いたのは弟で、少し驚いた声を発したのは妹だ。
その眼差しを向けられた国王――父さんは片眉をピクリとあげただけであったが、周りはそうはいかなかったらしい。
「おいっ、娘! 陛下に対して何だその態度はっ!」
「はぁ!? アンタこそ何だよ! つーか、娘って…! きしょい呼び方すんな!」
「せ、聖女殿、もう少し丁寧な言葉遣いと態度を……」
「今度はコスプレヤローかよ……。アタシは『聖女殿』でもねーし!」
顔を赤くして鼻息荒く拳をギリギリと握りしめる重鎮と、「コスプレ…?」と青い顔で呟く神官長にハンッと鼻を鳴らす金パツ少女。
いや、強っ!
口調も喧嘩腰だし、尚且つ金パツとくれば、………結論は一つ。
( うーん、これはアレだよねー…。
彼女は所謂ヤン――、 )
「異界の少女よ、すまないが少しだけ説明をさせてはもらえないだろうか?」
金パツ少女もとい召喚聖女への俺的結論は、低く朗々と響いた美声に中断する。
その声は我らが長兄。
兄さんは声だけでなく全てがイケメン。
そんな国民的人気ナンバーワンのイケメン相手では、さすがの金パツ少女も「うっ!」と一瞬声を詰まらせて、「……何?」と少しの警戒を持って兄を見る。その顔はやや赤いが。
美声イケメン長兄の説明を受け、最初は戸惑ったり異論の声をあげていた金パツ少女は徐々に顔と沈黙を落としていき。
「そういうわけで、君を召喚することとなったのだ」と、兄が言い終えた頃には完全にその顔は見えなくなった。
俯く少女の、握りしめられた拳の意味は怒りだろうか?
それは仕方のないことだと思う。
急に、魔王を倒す為だと呼ばれたのだ。
同意もなく、勝手に、理不尽に。しかも戦えと言う。
十三歳の時に前世を思いだした俺だって最初は愕然とした。でも王子という立ち位置で過ごして来た意識が少なからずあったから受け入れられることも多かった。
だけどこの少女はついさっきまで平和な日本で暮らしていたのだ。戦いとは無縁な平和な国、それは俺の記憶の中にもある。
「……やはり受け入れ難いものよね」
そう話すのは、これまた違う艶やかな美声。
誰もが見惚れる国一の美女――六つ上の姉は小さく息を吐く。
「黒を纏うというが見たところ瞳だけのようだし、どこかで手違いが起きたのでは?」
とは、次兄。
「それはない」
すぐに長兄が首を振る。
「陛下の儀式に失敗はなかった。それは確かだ。彼女は間違いなく我々が求めた存在だ」
と、視線が俯く少女に向かう。倣うようにその他の人々も。もちろん俺も。
少女の握りしめられた拳に更に力が込められて、兄が口を開く。
「ただ―――、」
「アタシやる」
遮ったのは少女の声。
俯けていた顔があがる。
「アタシしか出来ないことなのなら、アタシがやる」
前世では当たり前に、この世界では稀な黒い瞳。
何かを心に決めた少女の瞳。
昔は鏡を見れば常に自分に備わっていた色。なのに彼女の瞳は黒曜石のように光を放ち、「綺麗だ……」と、思わず小さく声が零れる。
( ―――いや、何言っての? 俺!? )
慌てて取り繕うとしたけど、そもそも誰も聞いてなかったよ……。
みんなの意識は少女に釘付けなのだから。
「無理をする必要はない。君の髪色を見るに、それは呪いか封印ではないのか? 本来の色を封じられていては力も使えないだろう?」
「え? 髪色……って?」
「ああ、それなら納得だな。……だが、あのキツイ物言いは異界の標準なのか? ふーん…?」
「いや、ちょっ…!」
「貴女の心意気は分かったわ。けど兄さんの言う通り、弟妹たちと歳も変わらない、ましてや力が使えない貴女を戦場に駆り立てることは私としても出来ないわ」
「いや、だからっ!」
兄が端正な顔に同情と心配を乗せ、長兄には劣るがこれまた甘い美形の次兄が心持ちの納得と後半は独り言を呟き、姉が長い睫毛を伏せ首を振る。
………あー……、ごめん兄さん、
ねえ、笑ってもいい?
( いや、封印って! 本来の色って! )
たしかに本来の色っちゃ色だろうけど、ブリーチにそんな呪いなどないからっ!
次兄さんも姉さんも信じるしっ!
まぁ、兄さんは我ら兄弟からしたら絶対だからそうなるんだけどね。
そして兄たちは、少女をそのままに父さんを見た。その先の決断を仰ぐ為に。
三人に華麗にスルーされた金パツ少女はポカンと口を開いた後、ワナワナと震える。今握られた拳は今度こそ完全に怒りからだろう。
大体だ、兄姉は結局下の弟妹に甘い。
金パツ少女は俺や二つ下の弟と変わらないだろう。
けどアジア人特有の童顔で、兄たちからしたら一番下の妹(十四)くらいに思われていそうだ。
仕方ない、ここは俺が一肌脱ごう。
別に少女の肩をもって、あの黒い瞳が俺を見て「ありがとう」とか言って欲しいとか思ってないよ? うん、別に。
「あっ、あの―――へ、陛下…」
みんなの後方、一番端から小さく声をかける。 初っぱなからどもった、ちょっと恥ずかしい。
けどそれよりも。
「「「ジョシュア?」」」
「ジョシュ?」
「ジョシュ兄ぃ?」
「ジョシュア兄さん?」
父さんと長兄と次兄がハモり、次が姉さんで、後が弟妹。全員がこちらを見る。
ちなみにジョシュアは俺の現在の名前だ。
みんながみんな一様に驚いた様子なのは、こういった場で俺が声をあげることがほぼ皆無だったから。釣られた少女も何だ?と俺を見る。
それに少し照れながらも小さく頷く。
大丈夫だ、きちんと誤解は解いてあげるから。
「か、彼女の髪色は呪いとか封印でなくて、なんて言うのか…、反発とか抵抗とか…」
「反発……?」
「抵抗……?」
「いや、あの、ブリーチっていうんだよ、アレは。金パツに染めることがデフォっていうか…、それがポリシーっていうか……」
「……ジョシュア? 何を言ってる?」
戸惑ったように首を捻る家族たちに、今さらながらに口下手であることが自分の首を締めて焦る。
これは前世から引き継いだ因縁か?
なら、手っ取り早い説明はもうこれしかない。
俺は少女を指し示す。
「あのっ! 彼女はヤンキーなんですっ!」
「――あ゛あ゛ぁ!!?
テメェ! ヤンキーって言うな!!」
ありがとうどころか、ガチで怒られた。