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悪夢の終わり

作者: 滝沢洋一

「やれやれ、ようやく終わったか・・・」


刀身に暗褐色の輝きを纏う剣に鮮血が滴り落ちていく。


「お疲れさまでした」


「おう、お疲れ」


ポタリ、ポタリと血が落ちていく。


それがいつしか食い込むほどに柄を握り締めている、彼の血に変わっていた。

「やれやれ、ようやく終わったか・・・」


刀身に暗褐色の輝きを纏う剣に鮮血が滴り落ちていく。


「お疲れさまでした」


「おう、お疲れ」


ポタリ、ポタリと血が落ちていく。


それがいつしか食い込むほどに柄を握り締めている、彼の血に変わっていた。






「『桜に舞う幽霊』というのを知っているか?」


「なんだ、いきなり?」


厳つい顔に似合わない、澄んだ優しい目をした土地神が傍らで酒を飲んでいる存在に声を掛けた。


「『桜に舞う幽霊』というやつを知っているか?」


「だからなんだ、それは?」


新手の冗談か?と目で聞き返した彼に対して、


「もしそいつを鎮魂してやってくれ、といったらお前はどうする?」


「あのなぁ・・・・」


そんなのはそっちでやってくれと返事をしようとして、言葉を飲み込んだ。


「訳ありか?」


「と、言うほどでもないのだがな・・・・なんというか、そのな・・・・」


「ハッキリ言ってあげたらどうですか?


平安の頃の存在ですよ」


温和な様子には想像もできない、氷のように冷たい目で彼に対して言った。


「あなたが平安の頃に斬り損ねたものがいたでしょう?


それがまた出てきたようですよ」


「・・・・なんだってまたそんなものが」


「さあ、どうなんでしょうね・・・あなたからすれば、古臭いカビの生えたようなものだと・・・・」


言うなり目がとろんとして、ゆっくりと酔いつぶれた。


「まったく、なんだと言うのやら・・・」






風を切る勢いで青年が疾走していく。


その傍にいる存在に対して何かしら目配せをすると、そっといなくなった。


(このあたりも随分と宅地開発が進んだな・・・そりゃあそうか、千年も過ぎれば随分と地形が変わるのは当たり前か)


住宅街を駆け抜けると、小高い山の傍でそっと立ち止まった。


「桜の木の下で眠ると言っていたのに・・・お前はまだ彷徨っているのか?」


ポツリと言った彼に対して、草木が応えるかのように震えた。


「そんなことがあると思いますか?」


「なんだ、驚かすなよ・・・・」


返事などないと思っていたその言葉に返答が来たことに驚いて振り返ると、そこには旧知の存在がいた。


鮮やかな赤い髪を腰まで伸ばし、首元で無造作に一つにまとめているその姿は、優雅と言えるものだった。


「あなたでも驚くのですねぇ・・・・」


鈴が鳴るかのようにコロコロと笑うその顔を向けられたら、多くの者が恋の予感に落ちる。


そんな優しい笑顔だった。


「なんだ、そんなことを言いにわざわざ来たのか?」


「いいえ、違います。


御上からの指示です」


「御上から?」


意外な人物の名前が出て不信がる彼に対して、


「今回のことは少々辛いであろうから、傍にありて助けてやってくれないか?とのことでした」


「・・・・なに考えているんだ」


溜め息とも怒りともつかない言葉を言いつつ、天を仰いだ。


「で、具体的にはどう助けてくれるんだ?」


「神剣にして魔剣を抜くように、とのことでした」


重い沈黙が流れた。


「・・・・ほんっと~になに考えているんだ?」


「悪夢を終わらせろ、とのことです」


凛とした鋭さの中に、微かに悲しみが入り混じった目でそう答えた。


「誰にとっての悪夢なんだか・・・・」


「もちろんあなたですよ」


笑顔の中にある悲しみを見逃すことがなかった。


「まあいい、じゃあ行くか」


「お手伝いしますよ」


「いやいい、お前はここにいろ」


言うなり駆け出した。




「また飛び出していったのか、あいつは」


「・・・・はい」


「仕方のない奴だな、まったく・・・・」


困ったように、笑うかのように言うと、


「いずれにせよ手助けしてやれ、後れを取ることはあるまいが万が一のことがある。


その時は手助けしてやれ」


「それでよろしいのですか、素戔嗚様」




風が日常のそれとは違っていた。


血の臭いが入り混じり、どことなく悲鳴が聞こえてくるようなものだった。


(ここにいるのか、お前は・・・・)


その声を無視するかのように駆け続けると、季節を無視したかのように咲き誇る、満開の桜の木の下にいる存在が見えた。


「よう、こんなところでなにをしているんだぃ?」


「・・・・そういうあなたこそ、何をしているのですか?」


異様な姿だった。


頬は痩せこけ、死に装束を身につけていた。


「なに、古い知り合いがこにいると聞いてな、とどめを刺しに来た」


「・・・・その古い知り合いというのは、私のようなものですか?」


言うなり見るも無残な姿に変わっていった。


液状化した肉が音を立てて地に落ちて行き、骨に張り付くかのように僅かに残った。


かと思えば目がくぼみ、片目が腐り落ちた。


腐敗臭と死臭が混じった強烈な臭いがあたり一面に漂い、頭蓋骨に残った僅かな頭皮に複数の髪の毛が張り付いていた。


「違う、お前のようものではない」


「ではなぜ御身様はこちらに来たのですか?」


姿とは違い、深い悲しみを含んだ声だった。


「古い知り合いがここにいると聞いてな、引導を渡しに来た」


「そうでございましたか・・・その方は、お幸せでございますなぁ・・・・」


腐ってこぼれ落ちた眼窩に涙のようなものが光った。


「なにそうでもないさ・・・・お前も送って欲しいのか?」


「・・・御身様に、それが叶いますか?」


「そうだな、やってみなければわかるまい」


言うなり夜の闇にもなお暗い、暗褐色の光が輝いた。


「たくっ・・・彷徨う者よ、いま終わりを告げよ」


厳かに言うと、刀身に暗褐色の輝きを帯びる剣を静かに鞘へと収めた。


「さて、いくか・・・どこにいるのかねぇ・・・」






「やれやれ、ようやく終わったか・・・」


刀身に暗褐色の輝きを纏う剣に、鮮血が滴り落ちていく。


「お疲れさまでした」


「おう、お疲れ」


ポタリ、ポタリと血が落ちていく。


それがいつしか食い込むほどに柄を握り締めている、彼の血に変わっていた。


「『桜に舞う幽霊』というのはあいつの事だったのか?」


「・・・・はい」


抜き身の刃よりも危険な輝きを目に宿して、問い質す青年の足元には無数の死体が転がっていた。


そのいずれも無残としか言いようがない姿だが、すべての死体にどこか安堵の色が浮かんでいたのが不思議だった。


「・・・・最初から言え!!」


怒りを爆発させるかのように怒鳴った。


「最初から知っていればこのようなことにはならなかった!


何故言わなかった!!」


「それは私から言おう」


「・・・素戔嗚様」


目に烈火の如く怒りの炎を宿す青年に向かって、淡々と話し出した。


「お前でなくてはならなかった、そういえばわかるな?」


「・・・・はい」


「終わりを迎えさせることができるのは、お前でしかなかったのだ。


その為にあの者は待っていた、そういえばわかるな」


「・・・・・馬鹿野郎、随分と待ちすぎなんだよ・・・」


幾重にも重なる死体の山から、男物の簪を身につけた死体にそっと触れた。


「こんなところにまで堕ちやがって、なんだってここにいたんだよ・・・」


「それは」


全ての事情を知る者が答えようとしたが、それを傍にいた素戔嗚尊が手で制して止めた。


「お前との約束を果たした、その為にここにいたと言っていた。


お前はそれにどう応える?」


「・・・・悪夢を、終わらせてやったぞ、馬鹿野郎!」


血が滴るほどに握り締めた剣が、かつて平安貴族の華と言われた男の亡骸の傍に突き立てられた。


見るも無残だったその死体が、かつての美貌を偲ばせるかのように微かに笑った。

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