猫の持参金
猫が来て初めての正月の頃の話
愛猫ニアは持参金3万円の猫である。
ニアが我が家に引き取られたとき、年末ジャンボ宝くじを買っていた。
当然だが1等に当選するなんてこともなく、現実はこんなもんだと家族全員が思った元日。
今年も働くしかないなぁ・・・などと思って、かと言って、一年の計を元旦に立てることもなくゴロゴロして、なんとなく正月休みを消化していた人間どもである。
宝くじとは不思議なもので、10枚に1枚は入っている300円はあからさまにがっかりするくせに、千円だったり、三千円だったりするとちょっと喜んでしまうものである。
よくよく考えたら、投資金額に対する損が大きすぎることには違いない。元金割れを承知して大損をするのに買う。明らかに損をしているのは明白。だけど、300円より高額な金額と言うだけで滅多にないので喜んでしまう。宝くじの魔法をかけられているのだ。
そんな「宝くじマジック」をかけられて、明らかに損をしているのに元旦から気をよくしてしまう人間のなんとあさましい事か。
千円とか3千円で喜んでますが、そんな額で生じた損失は埋められないのよ。買わなければその倍以上の額の損失は発生しなかったのだ。と、魔法にかけられる前は思うのだが・・・。
「三毛猫は縁起がいいって言うよ」と、北海道から帰省した叔父は、子猫時代のニアを見て言った。
三毛猫が縁起がいいとは聞いたことはないが、三毛猫の雄で繁殖能力がある奴はとても高価だとは聞いている。ニアは雌だけど。まぁ、普通が一番だ。
ニアの主治医の獣医師が言っていた。
「ニアという平凡な名前の子は長生きする」と。
特別な猫で目立たれるのも家族としては少し困るので、やはり人並み(猫並)の猫で十分である。欲を言うなら柄がうるさい三毛柄だから、白の割合が多ければ良かったが。
叔父が縁起がいいと言っていた三毛猫だが、残念ながら1等前後賞は持ってきてくれなかった。
300円に当選した宝くじを一応換金すべく宝くじ売り場に持っていくと、1枚100円の西日本宝くじが発売中であった。
各々に300円分配するよりは、もう一度宝くじを買って一攫千金を夢見ようではないか。
一攫千金とか億万長者ではないが、3千万円が手に入るのであればこの投資も悪くはない。
そもそも宝くじは投資ではないが、1枚300円の宝くじを買って7億狙うより、100円の宝くじを買って3千万円をあてる方がすっごく賢い投資のように思わせてしまうのも、宝くじマジックなんだろうか?
そもそも、7億よりも3千万が当たりやすいなんていう根拠なんて全くない。だけど、売り場で宝くじマジックを掛けられちゃってるから、また「ただ見るだけの夢」にお金を投じてしまった。
帰宅するとニアが猿のような顔をしてじっと見ていた。
ニアは猫なのに時々、猿のような険しい顔をする。猿の時もあるが、時には猛禽類みたいな顔をしてじっと見つめていることがある。
知りたがりのニアは、帰宅したばかりの飼い主の匂いを嗅ぎまったあと、持ち物の匂いも嗅ごうと鞄の側でクンクンと鼻を当てていた。
叔父が三毛猫は運が良いと言っていたので、買った宝くじの封筒でニアの体をこすりまくってみた。案の定、ニアは機嫌を悪くした。「なんだそれ」と封筒に猫パンチをしたり、封筒を持つ飼い主の手を噛もうとした。
ニアを撫でまわした宝くじは、仏壇の所に備えて抽選日を待つ。
私のご先祖様たちには、残念ながら宝くじを当ててやるような妖力はなかったと聞いている。仏壇に供えたところで何もないのだが、なくさないように置いているのである。
一週間後、新聞に出てた当選番号を特に期待もせずに見ていると、その宝くじは3万円に当選していた。
「運が良い三毛猫」を撫でまわしたのが良かったのだろうか。
3万円あれば当分のニアの食事代や身の回りの物を買うには十分である。これはニアの持参金なのかと、我が家にやってきて、まだ2カ月あまりのニアの猫力に感謝した。
あれから8年。
宝くじを買った後はニアを撫でまわす習慣ができてしまった。
折角の習慣なのだが、あれから一度も300円を超える当選額にはあたっていない。
ニアにとっては苦痛なだけの儀式が増えたに過ぎないのであろう。
撫でると非常に気分を害して、噛みつこうとする。
そろそろニア先生、持参金ならぬこれまでの生活費諸々の経費をご精算くださいませんかな・・・。