巨大蜘蛛
私の最大の敵の話
虫の中で最も嫌いなものは蜘蛛だ。
「蜘蛛」という漢字すら、蜘蛛の死骸に見えてしまうくらいに嫌いだ。嫌いというか恐れている。
九州の家には掌サイズの巨大な蜘蛛が出没する。
「アシダカグモ」といって、巣を張らない徘徊性の大蜘蛛である。
部屋に出ると、恐怖で凍り付いてしまうほど恐ろしい。一説には臆病者な蜘蛛だというが臆病なら人前に出てこないでほしいが、奴らはよく壁の上の方に出没する。
私はこの蜘蛛がとても恐ろしくて、大混乱して発狂して時には手が付けられないくらい人を罵るものだから、周囲の人はドン引きしてしまったり、驚かせてしまい後で叱られる。
この蜘蛛に対する人々の反応は、
「確かにいい気分にはならないけど、益虫らしいよ」という程度である。
この巨大な蜘蛛が家庭内にいるゴキブリを食べるという都市伝説のような説が信じられている。
まぁ食べるんでしょうけど、貪り食うにしても満腹の限界があるでしょうよ。こんな蜘蛛なんかよりゴキブリの数の方が圧倒的に多いんじゃないかしら。
『この蜘蛛のせいで、ゴキブリが減少しております』というエビデンスに触れたことはない。テレビでは年がら年中ゴキブリ駆除の殺虫剤CMが流れているじゃないか。言われているほどゴキブリの駆除に役立ってはいないのだ。
蜘蛛のシーズンである夏場は心が休まらない。
家でも職場でも学校でも。お店でもどこにでもいるのだ。病院にだって確実にいる。
私は筋金入りの蜘蛛嫌いだから、そいつらが出そうな位置というのもだいたい分かるし、時には視線すら感じる。恐怖のあありキョロキョロしているから見つけてしまうのだ。「探す行動をするんじゃない。」と叱られてしまう。
とにかく、この蜘蛛は私の心をかき乱す。
私は、こう見えて見た目は、「おっとり」「落ち着いている」「鷹揚な人」「動じない人」「冷静な人」と小学生の頃から言われ続けている。自分では全然違うと思うが、通知表でも実習の評価でも誰にでもそう言われて今まで生きてきた。
こういう印象が吹き飛んでしまうくらい、取り乱してしまうので、職場でも驚かれ、人が集まる騒ぎになったこともあった。
ロッカーには蜘蛛専用スプレーを常備はしているが、瞬殺できる効果はなく、まともに狙って噴射できないため、あっという間になくなってしまう。そうなると床は殺虫剤でビチャビチャだ。
公の場では自制がきいてこの程度だが、親しい友人や家族の前では、ますます大騒ぎになる。取り逃がしたりすると容赦なく罵るし、泣き叫ぶこともある。学生時代の友人の部屋に出た蜘蛛を取り逃がした時など、怒りに任せて罵った後、蜘蛛を殺すまで部屋から出るなと命じたこともあった。それ以上に自宅では騒ぐので家族には「病気」だといわれている。
「蜘蛛恐怖症の治療がないわけではない、受けてみたいなら知り合いに聞いてみる。」と、同僚に提案されたことがある。
欧米ではそういうのは一般的らしいことを言っていたが、果たして本当かどうか・・・。せっかくの申し出を受けるほど、私はこの同僚の男を信頼してはいない。表面はそこそこ立ててはいるが、仕事が上手く行くためにである。
「なんかねぇ。蜘蛛が触れるようになるらしいですよ」
それを聞いたらますます、話に乗るまいと思った。
差し当たって私が困っていることは、蜘蛛を躊躇なく殺せないことである。
蜘蛛を見ると動けなくなって、蜘蛛が動くと大騒ぎする。殺虫剤を使うのですら手が震えて満足に噴射もできない。なかなか死なずあちこち逃げ回る蜘蛛がますます私を苦しめる。
とにかく躊躇なく殺せるようになりたい。触って平気になるメンタルになりたいわけじゃない。私は殺したいのだ!
5月にもなると、巨大蜘蛛は出没し始める。
今年は6月の初めに出た。
ゴキブリ退治のために燻煙剤をたいた後に出た。ゴキブリがいなくなったから、蜘蛛も獲物を探しに出てきたのか?だったら我が家から速やかに退去すべきである。
何気なく見ていたテレビへの視線の端に、すっと動くものを確認するや否や、「蜘蛛だ!」と脳が判断すると同時に転がるようにその場から離れた。映画の爆破シーンの俳優みたいに。
側でゴロゴロしていた猫のニアも、とにかく私の異変に反応して我先にダッシュで逃げた。たぶんニアは何が起こったかは分かっていない。飼い主の非常事態=己の非常事態という感じで逃げ出したのであろう。
そこからは、いつものように、父と母に、「殺してぇ!!」と叫び続ける。
両親は蜘蛛に関して寛容だから、どうでもいいという感じで、真剣に蜘蛛を追わない。
「ちゃんと殺して!」と怒鳴ったり、逃げ惑う蜘蛛を見て騒ぎすぎて、嘔吐しそうになったり、過呼吸気味になったりで、私は滅茶苦茶だ。
泣きながら「早く殺して!!!」と叫ぶ声は近所には異様に聞こえるかもしれない。
夏場は網戸にしていることが多いから、近所に聞こえるかもしれない。以前、遅く帰宅した妹が私の蜘蛛騒動で叫ぶ「早く殺して!!」の声が外まで聞こえていると言っていた。
他人が聞いたら、事件として通報してしまうかもしれない。
蜘蛛が始末される頃になると、私はもう疲れ果てている。
「疲れているのはこっちだ!」と家族は始末が終わると、私を怒鳴る。
蜘蛛が出ると我が家は疲労困憊だ。
愛猫ニアは、壁からちょうど半分だけ顔を出して成り行きを見守っていることが多い。
事がおさまって、家族が各自解散する様子をみてから姿を現すのである。
あらゆる殺虫剤を試してみても、なかなか瞬殺にはいたらない。
殺虫剤メーカー様、どうかお願いいたします。