やっぱり、人違いです!
よく行く店で私はどうやら人違いをされているようだ。
しかし、それを訂正するタイミングがなかなか掴めないままでいる。
タイミングを計る月日は少なく見積もっても五年以上経過している。
よく行く店といっても月に一度行くかどうか程度の地鶏の店。
数か月に一度も寄らないこともあるが、寄る時は月に二度も三度もということもある。
その程度の店だが、通っているのは高校時代から。お遣いを頼まれては店に行っていた。
その店の女将に私は人違いをされているようである。
人違いを察知したのは、五~六年ほど前だっただろうか。
会話に小さな違和感を感じた。大きな違和感でもなく、女将とは特別親しくもないし、お得意様とか常連客と言う風でもないから、不慣れから来る会話のリズムの違い程度だと思っていた。
そんな微妙な会話を繰り返しつづけ三年が経過したころ、親しげに女将さんに声を掛けられた。
「わぁ!久しぶりね。元気だった?」女将さんが嬉しそうに私に声をかけた。
確かに久しぶりだった。数か月はお店に立ち寄っていなかったと思う。
それにしては女将さんのテンションは高めである。これまで商品を購入するとき以外の会話などなかった。あっても天候の話程度であった。こんなに高めのテンションで声を掛けられると思っても見なかったので、私は笑顔が少しぎこちなかったと思う。
「こっちに帰って来ていたんだね」
予想だにしていなかった会話が返された。
大学進学や隣県に就職したこと、女将さんも数年前にガンを患いお店でも顔を合わせることが極端に減っていたこともあったので、「久しぶり」と言えば久しぶり。「帰って来ていた」と言われたら、随分と経ってはいるが、親しくもない間柄だから、今更になって女将さんが気が付いたのかもしれない。そんな事だろうと思って、
「はい。もうずいぶん前に」
そう答えると、女将さんは一瞬「えっ?」という驚きの表情を見せたが、「そうだったの」と笑顔で返し、来店した他の客の相手を始めた。
さらに数か月が経過し、再び店を訪ねるとまた女将さんが、
「長く見なかったけど、元気だった?」と親しく声をかけた。
確かに久しぶりだったけれど、それほど親しい間柄でもないので、「はい」と返事を返し、天気や天候の話程度をして店を出た。
営業トークかもしれないけどそれほど親しくもないし、常連さんというほど頻繁には通っていないし、
女将さんの気さくな性格かもしれないし。
ほんの数分の買い物の間だけだ、人違いであっても別にいいや・・・気にしないでおこう。そう考えることにして、違和感のある会話のやりとりを流した。
その後も、数か月おきに私は買い物にいくけれど、どこかかみ合わないようで、なんとなくかみ合っている風のやり取りを重ねた。
一応、会話は成り立っているので、もしかしたら本当に私のことを知っているのかもしれない。
だが、毎回、内容は同じで一向に新しい話題が沸き出ることもない。
私に全く心当たりのない事柄が出てくれば、「人違いですよ」と言えるのだが、人違いを指摘するほどの証拠に乏しい推定人違いの状態。
結局、いつも薄氷を踏んでいるような、確信の持てない雰囲気で会話を交わして店を後にしていた。
ほんの少しの間だけの会話だから、気にしないでおくこともできるし。
今日も2か月ぶりに店に寄ってみると、女将さんが、
「ごめ~ん! ささみは売り切れてなのよ」と明るく声をかけてくれた。
モモ身とムネ身のたたきを購入すると、今日は気温が高いので氷のサービスをすると言った。
「すぐ帰るから大丈夫です。すぐ着きますから」と返事をすると、
女将さんは、
「あら、そうなの。М市まで帰るのかと思って」と、初めて人違い相手に関する情報を口にした。
せっかく、女将さんから人違いの証拠を差し出されたというのに、私ったら、つい、
「いいえ~。行かないですよ~」と、普通に返してしまった。
女将さんが、
「そうなんだ~」と会話を続けてしまったので、結局、人違いを指摘することもないまま、会話が終了してしまった。
なんという事だろうか。ようやく人違いか否か、はっきりする証言が出たのに、いつものように気にしないでおこうという心構えのせいで、自動的に右から左に受け流してしまった。
今回も人違いをされているであろうと思っていながら、心のどこかで適当にあしらえばいいやと言う怠慢がせっかく顔を出した兆しを見逃してしまった。やっと人違いを女将さんに告げるチャンスが来たというのに、あっさり逃してしまった。
チャンスだったっけ、幸運の女神だっけは前髪しかないから注意しておかないとつかみ損ねるという。せっかくのチャンス到来の前髪を鷲掴みにできていれば、今頃、人違い相手の正体も分かって、笑って誤解を解消できたかもしれないのに。
今後もまた微妙な会話が繰り返される予感。
女将さんが私と人違いをしている誰かさんは人はМ市在住の人なのだろうか。随分と遠い。その人は女将さんの前に、時々、姿を見せているのだろう。時には会話に花が咲いているかもしれない。
その間に、私とちょこちょこ人違いをして、微妙な空気になったりするので、もしかすると、女将さんは「この人、すごく親しい時とそうでない時の落差があるわ~」
「気分屋になったわねぇ・・・」なんて、人違い相手の事を思っているのかもしれない。
申し訳ないことだ。
人の間違いを訂正するのは難しい。