美人の顛末
同僚が一目ぼれした猫を飼うという。
彼の家に招かれた時、毛が長くてビビりまくる彼の猫は、一晩中、ピアノの下から客人を見張っていた。
その毛の長い猫は半年ほど前に老衰でこの世を去っていた。
新聞に保護猫の貰い手募集の広告が出ていて、彼は昼休みに広告主の所へ行ってきたのだ。
「すっごく美人なのがいた」とスマホで撮影した子猫を見せてくれた。
なるほど美人である。
刑事や女医を演じていた女優の名前を私は心の中で思った。
同僚は猫の写真を添付して、彼の妻にメールしていた。
彼はすっかり写真の美人猫に心を奪われていたから、「この猫にしよう」とでも書いたのだろうか。
猫を飼うまで猫なんて同じ顔だと思っていた。
野良と飼い猫では眼光の鋭さのちがいはあるだろうが、造形に違いはないと思っていたが、美人猫とそうでない猫との差は歴然であると知った。そして、同じ動きをしても美人猫の方が5割増しで心を奪う。ひどい風体の猫もそれはそれで気を引くけれど。
人間もそういう面はあるだろう。美人はモテる。美人は人の気を引くし華がある。
終業時間まであと少しと言うところで、彼のスマホが鳴った。
彼の希望通り夫人が猫を獲得したという。美人を獲得してバカになったのか彼は猫を連れてくるように妻に電話をしていた。
間もなく家に戻れるだろうに。家に戻ったほうが心ゆくまで美人を堪能できるであろうに。
その広告主がどこに住んでいるか知らないが、わざわざ職場に連れてくるよりも、互いに家に帰ったほうが早く恋しい猫に会えるのではないかと思ったが、どうやら私たちに猫を披露したいようだった。
猫は可愛いと思うけど、私は早く帰りたい欲求の方が上だし。
ここ半年、職場では嫌な思いをする案件を抱えていたから、一刻も早く家に帰って寝てしまいたい。
美人猫に浮かれているとはいえ、日頃、気にかけてもらっている先輩に、つれれない態度を取るのもなんだし。だけど、なんだか気を遣わせる奴だな・・・と思った。
思えば、初めて彼らの家に招かれた時、確かバーベキューをしたが、最初に彼が釣ったという魚の頭の部分を嫌というほど食わされた。
カマの部分は旨いんだとしきりに勧められて、ノルマと思って食べることにしたが、カマはでかいし私はこの部分を好きではない。この年になるまでに、自宅で嫌になるほどのカマ食経験を積んできている。苦手意識は十分にできている。
カマに悪戦苦闘していたから、今度は「肉を食え」と畳みかける。しかし、カマが皿を占拠しているので肉に手が出せなかった。すると、「もっと飲め」という。その度に愛想笑いを浮かべなきゃならないので、食事のペースは乱され、食べたか食べてないか分からないままに満腹な気分になった。そんな気遣いだらけだったバーベキューを思い出す。
悪気などない、全て善意のおもてなしなのだ文句を言っては罰が当たる。悪いのはおもてなしに気疲れする私なのだ。
連れてこられた美人猫は、写真で見るよりもっと可愛らしかった。
小さく丸まっていたが、机の上に乗せると、たどたどしく歩いて見せ、初めて見る物の匂いを確かめたり、すでに飼い主を認識しているのか、彼の手にまとわりついたりしていた。
こんなに小さな子猫なのに「あざと可愛い」仕草だと思ってしまう。
「兄弟のなかで一番可愛かった」とご満悦の飼い主。
「良かったですね~。可愛い猫で」と言ったが、こういう場面では、私はあまり可愛くないのを選ぶ癖がある。美人にはチャンスがあるが、そうでない者にはなかなかチャンスはめぐってこないであろう。自分と重ねてしまうのだ。声を掛けやすい、掛けにくいというオーラがあるのかもしれないが、美人には仲良くなりたいという気持ちを含んだ声がかっているように感じる。私が声を掛けられるのは、何かを尋ねられるか頼まれるかである。人間だって可愛い人に人気が集まるのだから、猫を選ぶ時も可愛さが重視されるに決まっている。
可愛いに越したことはないのだが、選ばれそうにない方の運命を何とかしたいと思ってしまう性分で、家に居ついた、サビ猫のハイエナだってあまりに哀れな姿をしていたから傍に置くことにしたのだった。
同僚の猫には華やかで高級な花の名前が付いた。
美人にはちょうどいい名前である。
我が家の猫は、「ニア」という平凡な名前だ。平凡すぎて猫の主治医に「平凡な名前の猫は長生きする」と言われた。褒められているのか否かよく分からないお言葉である。まぁ、いいけど。
華やかな名前が付いた同僚の猫は、美しい花の名前を貰っただけあって棘が出てきた。美人が品良く、おしとやかで優雅だとは限らない。私にはかつて、可愛い顔をお洒落服に身を包んでいるのにゴミ部屋に住んでいる知人もいた。
同僚の美人猫は、とにかく部屋を汚す猫であるという。ゴミ箱を闇雲にあさったり、棚の上の物をよく落とすらしい。一番困るのが建具で爪を研ぐことだという。これには相当参っているようだった。
美人が穏やかとは限らない。
その点、我が家の猫は実にちょうどいい。一番ありがたいのは建具や家具を一切傷つけない。これが何よりありがたい事か。本当に飼うのにちょうどいい猫である。(親バカ?猫バカ?)