まだ、愛せないが・・・
よく行くスーパーのワゴンセールに、長い間、「ぬか床セット」が置かれている。
いつでも始められるように、糠とそれを入れるための容器までついて、700円のさらに半額!まで価格が下がっていた。
コロナウィルス感染症流行からのステイホーム期間中にぬか漬けでも流行ったのかな?
家にいるからぬか漬けやってみようって気持ちになる人がいて、一時期は売れたんだろうか?
私はこのスーパーでこれまでに、ぬか床が売られているのを見たことがないから、なんらかのブームがあって売ろうという気持ちになって仕入れたんだろう。でも、思った程売れず、こうして半年以上もワゴンの上で価格を下げて並べているんだろう。と、勝手に思った。
ぬか床は見たことも触ったこともない。
ぬか漬けも多分食べたことはないと思う。食べていたら知っているはずだ。その匂いを。
昭和のドラマで、床下から壺を取り出して、毎日かき混ぜているあれだろう・・・。と言った知識である。毎日かき混ぜないとダメなんだろうか?面倒だなぁ~と思う反面、糠は触ってみたい。
ムニュムニュとした柔らかそうな触り心地を味わってみたい。
ベチャベチャではなくてムニュ~っとした柔らかい感触があるんじゃないかと、容器の中に入った糠を見て思った。
それに、度重なるディスカウントの末、ワゴンセールのぬか床は350円まで値を下げている。
これならお試しで買ってみて、合わなければ手放すということになっても全然、悔いはないという価格。とにかくぬか床を一度くらいは試してみようと思い購入した。
幸い、ぬか漬けにする夏野菜はたくさん我が家にある。
家庭菜園で両親が作り、冷蔵庫を圧迫しているキュウリと茄子を漬ければ持て余す野菜の消費にも役立つ。我が家に初めてもたらされたぬか床とぬか漬けの味を楽しみに始めた。
初めて分かったことだが、ぬか床の匂いは独特だ。
子どもの頃、我が家では自家製みそを作っていたが、その時の匂いに少し似ている。匂いの中にそんな匂いが混ざっているだけであって、それと同じではない。
糠の匂いが好きか嫌いかと言われると、好きではない。正直、嫌いだが嫌いと言えば、その気持ちでぬかを混ぜるのは良くないので、できるだけ好みではないという表現を使う。
ぬか床をかき回す感触は嫌いではない。ムニュムニュの泥とも粘土とも言えぬ柔らかき物体を触るのは楽しい。楽しいけど、この匂いがねぇ・・・。
初めて混ぜた後、軽く水で流して、愛猫ニアの鼻先につけると、口を半開きにして変な顔をした。猫が変な匂いに接した時にするあの顔だ。
顔が面白くて、何度も鼻先に指路近づけたが、「二度も三度も同じ顔をするか!」とでも言いたげに迷惑そうに私をあしらった。
「ぬか床は毎日かき混ぜないといけない」という話を信じて、毎日ぬか床かき混ぜる。
説明書には、キュウリは一日、茄子は七時間で出来上がる。それ以上漬け続けると塩辛くなると書いてあったので、その通りに引き上げて、食べてみたら漬かっていなかった。ぬか床の匂いがするただの生のキュウリだ。まったく美味しくない。
我が家のキュウリは太さから、浸かるまでに二~三日は必要であると分かった。
不思議なことに、キュウリよりも茄子はそれ以上日数がかかる。どういう理由なのか分からないが、全く味がしないのだ。
張りがあった茄子は一日漬けると萎れつつあ、二日も経つとフニャフニャなのに食べると水っぽい。何故だか分からないが不味い。
ぬか床の感触は好きだが、匂いとぬか漬けは受け入れがたい。
本音を言えばぬか漬けにはもう飽きた。
ひと月向き合ってみたが、もう飽きた。
ぬか床の感触は捨てがたいが毎日混ぜるのも面倒だし、ぬか床はだんだんとムニュムニュではかく、トペッという水分を含む感触に変化した。
それに私は漬物を食べることがほぼない。
食べる漬物も、発芽した大根を間引いていく際に出る若い大根の葉を塩もみしたものと、お惣菜コーナーにある、お弁当の隅に乗せられている黄色い沢庵を見ると無性に食べたくなる。無性に食べたくて一本買ったはずの沢庵は、数枚を食べた後、家族が消費する。
年間の漬物摂取量を言えるくらいに私は漬物を自ら口にしない。
しかし、ぬか床に入れたぬか漬け物らしきものを食べているから、今年はもう年間摂取量を大幅に超えている。だから漬物はもういらない。しかも美味しくないし。
何故美味しくないのか分からない。
ぬか漬けは美味しい物なのか、正解のぬか漬けを食べたことがない。
お店に売られている、「正解の味」のぬか漬けを買って食べればいいのだが、買ったぬか床よりも
「正解の味」がしそうなぬか漬けは高かった。それに糠の匂いがするであろう漬物を買って食べたい気にはならない私。
もうぬか床は手放してしまいたい。
正直そう思う。手放すことを考えて350円で買ってきた「ぬか床キット」である。私が買ったんだからどうしようと勝手なはずだか、母が横やりを入れたので、まだかき回している。
私の心がけが糠の菌に影響しているのかもしれないという精神論から、「好きだ~好きだ~。美味しくなれ」と念じながらかき混ぜている。
強く念じないと、邪念が入ってしまいそうなので「好きだー!好きだー!」と声に出すくらい念じる。こんな精神論で上手く行くとは思えないが。
今もぬか床に埋め込んだキュウリを、二、三日に一度取り出して食べている。私は美味しいとは思えないが、家族は「よく漬かっている」と言って食べている。
私はまだ愛することはできないが、捨てることができないのだから、嫌いにならない努力はしていこうと思ってはいる。