愛しきカビ
夏休みの自由研究って困りますよね。
夏休み・・・。愛猫ニアにとっては悪夢の始まり。
姪は小学生の夏休みのほとんどを我が家で過ごした。
都会育ちで、両親共働きの姪を一人にしておけないということで、田舎で預かることにしていたのだが、なんでも言う事を聞いてくれる、祖父母の存在に味をしめた姪は毎年やって来た。
姪には楽しい休暇ではあるが、愛猫ニアにとっては面白くないという感じである。
姪は猫が好きだが、猫の扱いが雑だ。
雑と言うか、姪の家にいる黒猫はそういう扱いを良しとしている風なので、我が家のニアがいささか気難しい奴という事なのかもしれないが。
姪はとにかく猫を抱きたがる。抱いて撫でまわして、「ギャ」っと悲鳴のような鳴き声をニアがだしても、お構いなしに捕まえて乱暴に抱く。姪が来る長期の休暇はニアにとっては悪夢でしかないのだ。そっと外に出て軒下で体を休めたり、どこかの部屋で休んでいた。
夏休みの間に姪を預かるという事は、必然的に宿題の面倒を見るという事にもなる。
毎日、進捗状況を見て、保護者の代わりに宿題をチェックするわけだが、ドリルだのプリントだのは急き立てれば消化できるが、自由研究は悩ましい。
私自身も自由研究は本当に嫌いだった。夏休みの宿題はさっさと仕上げてしまうが、自由研究は何をするか考える所が面倒臭い。夏休みは漫画と本に費やすと決めているのだから、研究なんかやってられないのが本音。そもそも自由研究の自由と言っても、「やる自由」「やらない自由」の「自由」ではなく、「やれ」が確定している上での「自由研究」なのだ。
ネタに困ると思いきや、姪は自由研究でやりたいことを発表した。
「カビを観察したい」と。
姪が自室に放置していた、飲みかけのペットボトル入りのお茶にカビが生えていたことがきっかけだという。
「お茶は早いんじゃないかと思うのよ」と平然と言う。
そもそも、自室に飲みかけのペットボトルを、カビが生まれるまで放置することがない私。
そういう不精はしないというか、そもそも飲み切ることが前提の私。
私の世代でそんなことをする奴は、「もったいないお化け」に食われると決まっている。昭和とはそういう時代であった。
カビなんか出現を躍起になって消そうとしているのに、生やさないように生活しているのに、わざわざカビを生やして育てるという行為に加担せねばならぬとは・・・。
ああ嫌だ。ホントに嫌だが、代替案も浮かばないし、提案したとしても姪は「カビの道」に一直線。と、言うわけでカビと共に過ごすことになった。
夏休みの初めに早々と実験の準備を始めた姪。
あえて手を貸すまいと見守っていたが、案の定、実験方法の無計画で不正確さ、ずぼらで根気のなさからカビも生えぬ状態のまま実験が終了してしまった。
これでは、いくらやってもダメであろうと思い、実験の動機から実験方法、道具、予測、観察の方法などを細かく打ち合わせをして、ピシッとスタート地点につけるように話し合いをもった。
(これくらいの手伝いはよいだろうと・・・)
色々な物でカビの生え方を見たい姪であったが、闇雲に手を広げても手に負えなくなるという事を悟ったのか、水、塩、砂糖、お茶、アルコールに食パンを浸し、それを暗い場所、明るい場所、家の中でも高温になりやすい部屋、風通しのいい部屋の4か所にセットしてカビの生え方を観察することになった。
手製の観察用紙に毎日記入することにしていたのだが、ずぼらな姪である。
そもそも、部屋に飲み物を放置してカビを生やす女である。
きっちりしているわけがない。放置していると昼まで寝てしまう奴。
3日もすると急き立てないと記録すらしなくなった。
実験記録も「変化なし」「ちょっと怪しい」「なんか色が怪しい」という、お前の記録の信ぴょう性が怪しいといった感じになっていた。
観察の仕方、記入することなどをまた細かく話し合い、そのガイドラインに沿って記録するという取り決めにし、再び観察に取り組むことになったが、人を信じる心が少ない彼女の伯母君は、不測の事態に備え、自らも観察することになっていたのだった。
のんびり屋、おっとりさんと幼少期から言われ続けた私であるが、マイペースであるとも評されていた。
その一面なのか、物事を観察することに飽きることはない。些細な変化を見つけて愉しむ。姪のサポートで観察することは苦ではなかった。
カビは生えているのを発見した時は、ただただ忌々しい物である。
風呂の天井を見上げては、カビの予兆を察知して小まめに取り去るようにしているが、
気が付けば大きくシミのように浮き出ていると、腹立たしいことったら!
タイルの目地に穴が空くんじゃないかと思うほど、こすりまくらなくてはならない時など、なんでタイルに目地なんかつけたんだと、タイルに怒りが飛び火してしまう。
しかし、育ててみるとわずかなカビの予兆に、「おお!変化の兆し。明日はどうなる」とワクワクしてしまう。
色がほんのり浮き出ていると匂いを確かめた。
ある物には青いカビが点々と浮き出てくる。また他の物には黒いカビが生え・・・と言う具合に、
それぞれのカビが様々な模様になりゆく様にハマっていった。
一応、写真を撮影して保存していたが、そのカビがどの場所でどれに生えたカビなのか、模様の違いで判別できた。
もはやはカビではない。いや個性豊かな奴らなのだと言ったところである。
カビたちはどんどん食パンの形を変えていった。
あるものは黒く、あるものはオレンジのドロドロの液体にと形を変えた。パンが分解されているのか、イースト菌に似た匂いを出し始めたものもある。
アルコールだけは全く変化を見せず、干上がりカチカチに乾燥していった。
夏休みが終わり、姪が都会に戻っていっても、それだけは残し観察を続け、ついにそれに青カビが生えていたのを発見した時は、ようやく一人前にしたぞという気持ちに不覚にもなってしまった。
カビを生やしたから一人前って、そもそもどういう事・・・って話なんですけど・・・。